第24話 そして灰は息を吹き返す 2
目が覚める。ユウヒが最初に目にしたのは白い天井。周りには人の気配と薬品の香り。
ユウヒには、ここがどこなのかすぐに分かった。
「…ヨルカ?」
不意に出た声は、あの少女の名前を呼んでいた。ここは、ヨルカの祖父母の営む薬屋である。漂う薬品の香りで、そうではないかと予想したユウヒは、周りの気配の中に彼女がいると思ったのだ。
ユウヒの呼びかけに返事はない。自分が感じた気配は気のせいか?そう思い、ゆっくりと体を起こした。
ベッドがギシリと音を鳴らす。起き上がると、若干の頭の怠さと、ヒリヒリとした痛みを感じた。腕には包帯が巻かれているのが見えるが、足や腹のあたりにも何かが巻かれている感触がある。きっと全身包帯だらけに違いない。
ふと、太ももの辺りに何か乗っているのに気付く。見てみると、そこには静かに寝息を立てるヨルカの姿が。
ベッドの横に置いてあった椅子に座り、ユウヒの事をずっと見守っていたのだろう。だが、きっと彼の全身の傷を癒してくれたのはヨルカで、力を使って疲れた彼女はそのまま寝てしまったのだろう。
静かな部屋に、開けられていた窓から穏やかな風が入り込む。ふと窓のほうに目をやると、夕陽が空を赤く染めていた。
(俺が倒れてから3時間くらい経っただろうか。)
あれから何が起こって、どう事態が収束したのか。気になることは多いが、ヨルカがこうして無事なところを見ると、会場にいた町民は安全に地下を抜けられたのだろう。
「…」
(無理に起こすのも悪いな。)
そんな彼女の顔を、「少女の寝顔なんて見せないよ?」と言わんばかりに髪が隠す。ユウヒからは口許のみがかろうじて見えるのみである。
「…」
そっと、顔にかかる髪を除けて、耳に掛けてやる。ヨルカが起きる様子は無い。
髪に隠れていて分からなかったが、ヨルカの目は少し腫れていた。きっと目覚めないユウヒを心配して、涙を流していたのだろう。
「心配かけて悪いな...。」
静かにそう言いながらも、心配してくれていたことが少し嬉しくて、無意識のうちに微笑んでいた。
(もう少し、眺めてても良いよな?)
彼がそうしたいと思ったのはなぜなのか?それを後押しする感情があったからだ。だが、この時のユウヒにはその感情はきっとわからなかっただろう。
さて、ユウヒは目覚めたときに人の気配を感じていた。彼はそれをヨルカのものだと思っていたが、どうやらそれだけではなかったらしい。
「ほお。同い年の女の子の寝顔を勝手に見てニヤける...、さすがにキモいぞ?」
ヨルカの座っているほうとは反対側、ユウヒのベッドの左側の椅子に腰かけているのは銀髪の女性、ユウヒの師匠レオルであった。
「…一体いつからそこに?」
ユウヒは、たった今自分の弱みを握った彼女に、震えた声で問う。
「お前がここに運ばれてからずっと。ヨルカと一緒にお前を診ていた。」
「あ~、なるほど。はい、ありがとうございます。えっと…師匠?別にニヤけてなんてないですよ?これは微笑んでいたというのが正しいと思いますが?あっ、か、勝手に寝顔見たのはまずかったですね。でも、やましい気持ちなんてこれっぽっちも、って、何ですかその目は?やめて、いや、やめろ!そんな目で俺を見るなー!!!」
空が暗くなり始めたころ、ユウヒはレオルから今回の事件の顛末を聞いていた。そのころには、ヨルカも目を覚ましており、ユウヒが起きていたことを心から嬉しがっていた。
「俺が会場に着いた頃にはもうほとんどの奴らが戦えなくなっていてな。黒い霧の中でも立っていられた『月』の連中も、ちょっと遊んでやったらすぐ倒れちまったのさ。あとは俺が霧を払ってやって、動ける騎士団に任せておしまい。」
両手をパンと叩いて、レオルは椅子にふんぞり返って鼻歌を歌っている。
「なるほど…てか、師匠もこっちに来ていたんですね。しかも、あの霧が撒かれた後とはタイミングがいい。」
「ヤイチの試合を見るつもりだったんだが、まったく、変に疲れてしまったもんさ。まあ、お前たちも結構大変だったみたいだな。『月』の衛星とやりあったんだろう?」
レオルは4本足の椅子を、後方の2本と自分の足で支えながら、グラグラと遊んでいる。ユウヒは、「もう少し落ち着いてくださいよ。」と言いながらレオルを見ていた。
「そうなんですお師匠。ヤイチとユウヒが町の人たちを守りながら戦ってくれたんです。二人がいなかったらどうなっていたか…。」
レオルの言葉にヨルカが返す。あの場にユウヒとヤイチがいなければ、ヨルカは生け贄として『月』に差し出されていただろう。
その時のことを思い出して、ヨルカは表情を曇らせた。
レオルはそんな彼女の変化に気付きながらも、「ほお。」と無関心な関心を示すだけで、何があったかまでは聞かなかった。
ユウヒも、無理に掘り下げる必要もないだろう、と話題を次に進めた。
「それから、倒した衛星を外に運ぶために、俺は会場の外に向かったんです。そしたらあの霧が発生して…、発生源の会場内に向かいました。」
「そして、副団長と協力して2人目の衛星を倒したわけか。…ぶっ倒れるくらいには無茶したみたいだな。」
「あぁ…、倒れたのはたぶん別の理由…」
そこまで言ってユウヒは、倒れた時に見た光景を思い出した。
「ユウヒ?まだどこか痛い?」
ヨルカが心配そうに声をかけてくる。まっすぐに自分の目を見つめてくる彼女に圧倒されそうになるユウヒ。
「あ、いや、体は大丈夫だ。ヨルカのおかげだな。ありがと。」
そう聞いて安心したように息を吐いたヨルカは椅子から立ち上がると、部屋の外へ向かう扉へと歩いていく。
「おじいちゃんたちに、ユウヒが起きたって伝えてくる。替えの包帯も用意してくるね。」
そう言って、ヨルカは静かに部屋を出て行った。廊下を歩く音が遠ざかり、その音が無くなると、静けさが部屋を支配した。
しばらくしてレオルが口を開く。
「ヨルカはお前のことを本当に心配してくれるな。羨ましい奴め。少しはあの子のためにも無茶を控えてほしいもんさ。」
ユウヒの体を見ながら呆れたように言う。
「たしかに、あいつに迷惑かけっぱなしなのは良くないですね。…でも、俺にはやらなきゃいけないことがありますんで。今日、改めてそう思いました。」
そう言ってレオルに向く彼の顔には、迷いの色が。
「…ったく、ユウヒよ。とても覚悟を決めた男の顔には見えないぞ?何か迷っているなら、もう少しこの町にいてもいいんじゃないか?」
レオルには、ユウヒの「やらなきゃいけないこと」の内容が分かっている。『月』を灼く。彼の母親を奪った者たちへの復讐。それをするためにこの町を出るという決心をしたのだと、そう思っていた。だが、ユウヒには迷いがあった。何に対してのものなのかは分からないが、うまくいけば、ユウヒを復讐の旅に向かわせずに済むかもしれない。
レオルはやる気を出した。ヒゲツが願っただろう幸せな暮らしをユウヒに与えるために。彼女自身も、ここまで育ててきた弟子には幸せになってほしい、そう思っていた。
「ユウヒ、お前さっき、ヨルカを見てニヤニヤしてたよな?いいのかぁ?ヨルカを置いて行ってしまって?ヨルカだってまんざらでもないぞあれは。かわいいし、優しいし、健気な子だ。さぞ幸せに暮らせるだろうさ。この町には、何でもはないが、必要なものはそろっている。たまにハートに出かけるのも悪くないだろう。そうやって穏やかに楽しく暮らすのは悪いことじゃないだろう?んん?」
息を荒げてまくし立てる。先に言っておくと、レオルはあまり頭の良いほうではない。本来、人の進路とは自発的に左右するものであって、他人によって無理やり捻じ曲げるというのは、意志の強い人間であればあるほど難しい。
ユウヒはまさにその難しい部類の人間で、露骨に進路変更させてくる人間に対しては頑固にあらがうものである。レオルとて、これほど長い間を共に過ごしてきたのだ。彼がそういった人間であることは承知のはずであった。
ユウヒが簡単に人の言うことに耳を傾けていたら、灰状態なんて多用しないし、無茶をして戦ったりしないのだ。
もし、ユウヒのような人間に考えを改めさせようと思うなら、もっと回りくどく、彼の思考にまとわりつくように、かつ怪しまれないように意見を述べる必要があったのだ。
レオルは作戦を立てるよりも先に行動を起こしてしまった。そして、べらべらと喋った後に、自分の間違いに気づいた。
(し、しまった。千載一遇のチャンスで早まってしまった。)
ユウヒはため息をついた後、レオルに告げる。
「師匠、何を言われようと俺が『月』を追うことは確定です。そこはもう変わりません。あと説得下手くそですよね。」
ユウヒは『月』を追うと言った。そこだけ聞くと、ただ復讐するというようには聞こえない。レオルは、ユウヒの迷いが、そこにあるのだと理解した。それはともかく、
「ま、まあ、俺ほどにもなると一個くらい欠点がないとな。完璧すぎる生き物なんて、そのほうが欠陥品だろう?」
と、自身への評価について一言文句、いやフォローを入れている。
「こほん。それはともかく、『月』を追いかけることを決めているのなら、何を迷っているんだ?」
ユウヒはしばらく黙ってから口を開く。
「迷っているって程じゃないんです。ただ、『月』を追う理由に自信が持てなくなって…。」
「…どういうことだ?」
「昨日の話のことです。師匠は、俺の母さんが『月』に誘拐された被害者で、森に連れ戻しに来た連中に誤って殺されたって推測をしていましたね。」
レオルは、眉をピクリと動かすと、
「そう切り出すということは、俺の推測に対して何か思うところがあるんだな?」
ユウヒは頷く。
「さっきも言いましたけど、師匠は説得が下手くそですよね?昨日の話、俺は違和感を感じていたんです。今日、倒した衛星の手のひらを見たんです。そこに描かれた月を見て思い出したことがあります。…師匠が昨日話してくれた話は、全部じゃないでしょうが嘘がありますよね?」
ユウヒは訝しむようにレオルを見る。
「二度も下手くそと言ったことには一旦目を瞑ろう。だが、あの話は飽くまで推測だと言っただろう?嘘なんてつけるはずが無い。…なんでそう思うんだ?」
少しためらった後にユウヒは口を開く。
「だって、母さんは純粋な被害者なんかじゃないからだ。」
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