第22話 燃える灰 6

 とある地下通路、ヨルカは前方を歩くヤイチに声をかける。


「ユウヒ、全然戻ってこないのだけれど、何かあったのかな?」


地上の光が見え、町民たちが安堵する中、ヨルカだけがユウヒを心配していた。


そんな不安そうなヨルカを見て、ヤイチは少しムカッとする。ヨルカに対してではない。ヨルカに心配されるユウヒに対して苛立ちを覚えたのである。


「心配いらないよ。アイツだって、自分が戦力にならないと分かってたから、私に町民の安全確保を任せたんだろーし。それに…」


ヤイチは、その先の言葉を口にすることに躊躇しているようだ。


「それに?」


そんなヤイチに、ヨルカがその先を促すように聞いてくる。ヨルカの少し首を傾げる仕草に、ヤイチの躊躇は破壊された。


「…何かあったとしても、簡単に負けやしない奴だよ、アイツは。」






 ユウヒの一撃がレインの右腕に突き刺さる。直後、レインの蹴りでユウヒは勢い良く吹っ飛ぶ。しかし、すぐに態勢を整え、再度攻撃を仕掛ける。


既にユウヒは自分の体の痛みを忘れ、攻撃へ全ての神経を集中させていた。


レインを殴るたびに、黒い力が右腕から噴き出し、ユウヒの拳からも血が飛び散っていた。


(やはりこの男、私の右腕の弱点に気付いている!早く決着をつけねば、食われるのは私の方!)


レインはこれまでよりも強く、ユウヒを殴り飛ばす。レインの意識では確かに強く殴った筈だった。しかし、だというのにユウヒは会場の地面を滑るように飛ばされ、壁に激突する寸前で踏み止まった。


ユウヒは確信する。


(やっぱり、あの腕から力が噴き出すたびに、アイツの攻撃が弱くなっている。多分、黒い霧で奪い取った魔力を全てあの右腕に集めていたんだ。そして、力が噴き出すってことは、魔力が逃げていくってことだ。あの腕は言うなれば風船と同じだ。)


ユウヒが拳を握り、全身に力を込める。


「そうと分かりゃ話は早い。俺はお前に勝つ!」


ユウヒのその言葉に、いよいよレインの顔が濁り始める。弱点を見破られたから、それだけじゃ無い。普通なら既に倒れているはずのユウヒを脅威と認識し始めていた。


「とっくに、限界は超えているはずです。1度目の衝突で、本来なら再起不能に陥っていなければいけないはずです。貴方は既に、その辺の死体と同じくらいに身体がボロボロのはずなのです。なのに…」


ユウヒの体からは絶え間なく炎が漏れ、火傷と血で体を赤くしていた。


レインの目にはユウヒが炎そのものに映っただろう。自分をジワジワと追い詰めるその姿は、実際の傷だらけの姿を忘れさせてしまう。


のろのろと近づくユウヒ。一歩進むごとに、地面に血が落ちる。


その一歩に応じるように、レインも一歩後ろへ下がる。


(何を怯えているのですか私!相手は半分死んでいるようなものだというのに!)


無意識のうちに後ろへ下がってしまった自分に言い聞かせる。右腕へ力を込めようとするが、力が上手く入らない。それは、右腕を散々引っ掻かれたせいか、それともユウヒへ感じている謎の恐怖故か。どちらにせよ、あの灰のような炎を止めるためには、いまの右腕では力不足である。


対策を考えるレイン。しかし、彼が対策を考えつくより先に、ユウヒに異変が起こる。


ドサリと、ユウヒがその場に倒れたのだ。


何が起こったのか?レインは、込めようとしていた力が抜けていくのが分かった。ユウヒは起き上がらない。


「ぐっ、は?」


しかし、意識はあるようだ。ユウヒ自身、自分に何が起こったか分からないという表情だ。


体の限界。幾らユウヒが痛みに強かったとしても、それはユウヒの意識での話である。脳は常にユウヒへ危険信号を痛みという形で伝え続けていたし、そんなもの無くとも、ユウヒの体はボロボロである。


普通ならとっくに戦闘不能になっているはずが、ユウヒは、自分の意志だけで戦っていた。


それこそが異常な事態だったのだ。そんな状態がしばらく続き、ようやくユウヒの体が耐え切れずに、その場に倒れたのだ。


「な、くそ!勝ち筋が見えたってのに!」


「...そうですか。限界を迎えていたんですね。ヒヤヒヤさせてくれましたね。」


倒れたユウヒにレインの影が覆いかぶさる。レインの右腕が軋む。力が込められているようだ。


「さようなら、中々手こずりましたよ。」


ユウヒへ振り下ろされる拳はこれまでで1番丁寧に、そして力強いものであった。


「あぁ、確かに手こずったよ。」


その言葉はユウヒの真横で発せられ、次の瞬間、レインの右腕は振り下ろされるどころか、宙を舞っていた。


声の主はカイナ。輝く剣を振り上げ、宙で留めている。


「まあ、お前さんもそう感じていたのなら良かった。それだけ、このユウヒが頑張ってくれたということだからな。」


(間に合ったのか。)


ユウヒの時間稼ぎはギリギリのところで間に合ったようだ。カイナの剣へ力を溜める時間がどれほどかかったのか分からないが、もう少し遅ければユウヒは死んでいただろう。


カイナの振り上げた剣には、レインの腕を斬った際に付着した血が。だが、それ以上に眩い光を剣が発しており、込められた力の大きさがよく分かる。


そんなカイナがユウヒを抱え、レインの元から距離を取る。そっとユウヒを会場の隅に座らせ、ユウヒは壁に背中を預ける。


「遅れてすまなかった。だが、君のおかげで力を溜められた。ありがとう。」


「ああ、もう少し動ければよかったんですけどね。まあ、お役に立てたみたいでよかった。」


「初めから時間稼ぎを頼んでおけば、君をここまでボロボロにせずに済んだかもしれないな。私の判断ミスだ。」


「やめてくださいよ。俺だって、あいつを倒すつもりでしたし、判断ミスなんかじゃないです。俺の...力不足です。」


カイナは、そんなユウヒに軽く微笑んだ後、立ち上がってレインのほうへ歩いて行った。


「ああああああっ!!!!う、腕!腕ええええ!!」


絶叫するレインは、近づいてくるカイナに目もくれずに、切り離された腕へと駆け寄っていった。腕と、レイン自身の腕のあった場所の切断面からは絶え間なく黒い力があふれている。腕を大事そうに抱えるレイン。その巨大な右腕はレインに抱えきれるものではないはずだが、左腕でひょいと持ち上げ、切断面に押し付け、くっつけようとしている。


そんなレインの首筋に、カイナは剣を押し当てる。


「無駄な抵抗はよせ。この剣は、私の全力が乗っているといっても過言ではない。今のお前さんなら、体のほとんどを消し炭にできるぞ?」


カイナの目は本気だ。


「何を言っているのでしょうか?消し炭?ははは。」


「闇色の風で吸収できる魔力には限界がある。それは、使用者の魔力量の上限だ。普通、それ以上の魔力を吸ったら、溢れてしまうか、体が壊れてしまうものだ。だが、お前さんは、会場外の人間から大量の魔力を吸った。たった一人の人間には通常収まりきらない量のな。」


カイナは、レインに押し当てている剣を強く握った。


「月喰っていうのは、使用者の体の一部を魔力で構築することなんじゃないのか?だから、お前さんの右腕は壊れることなく、吸った魔力に応じて大きくなっていった。傷つけられても、魔力で構築されているのなら、魔力によって修復することも可能なはずだ。」


レインは「ははは」と乾いた笑いを浮かべる。


「お見事です。ええ、その通り。体を魔力に置き換えている今の私は、普通の攻撃で付けられた傷なら簡単に治せます。そう、こんな風にね!」


レインの右腕は元通りくっついていた。そして、カイナの喉を食い破らんと、その腕を伸ばす。


「だから...」


伸ばした腕は、指先から光に包まれて消滅していく。続いて、獣のような足が消え、残ったのは、人間の形を残した左腕と胴体、そして魔力に置き換えられていた右目を失った顔だけであった。


「消し炭だといったはずだ。」


レインの体を構築している魔力は、闇色のものであった。カイナの光色の力は闇色の力に対して強く働くものだ。だから、彼の全力を乗せた剣の力がレインをこんな状態にするのは一瞬のことである。


カイナの目には、握っている剣のような光は灯っておらず、冷たくレインを見下ろしていた。


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