第20話  燃える灰 4

 燃える灰に。ユウヒの状態は正にそれである。魔力切れを起こしているユウヒが力を使用するための方法はたった一つ。負の状態に陥ることだけである。


ユウヒの周りを揺らぐ陽炎に、火の粉が混じる。ユウヒの体を焼いて発生する火の粉は次第に数を増し、空を舞う。


その火の粉の発生源、ユウヒの体は、火の粉に続いて炎を発生させていた。


止めようとしていたカイナはその足を止めた。ユウヒを見て、彼のユウヒへの認識は急変した。


それは、ユウヒが戦力として見られるから、なんてものではない。


危険視。ユウヒという人間は危険だと、カイナは確信した。


ユウヒの体は文字通りに燃えている。あちこちから出火し、全身が焼かれる痛みを感じているはずだ。


しかし、ユウヒの目には「痛み」は表れない。今もなおレインを見据え、呼吸を整えている。


灰の状態。炎属性の負の状態、加えて、赤色の炎ならば、身体への負担は「力」全体で見ても最上位だ。普通なら、激痛を伴うはずなのだ。


そもそも、痛みの伴う負の状態になど、進んで陥るものなど先ずいない。陥る者がいるとすれば、精々、力を制御出来ない半端者だ。


カイナの目には、最初の数秒、ユウヒは半端者に映った。だが、ユウヒの灰状態は、半端者が陥った状態にしては余りにも慣れている。本来、慣れてはいけない「痛み」に慣れてしまっている。


だからこそカイナは危険視したのだ。この一瞬でその判断を下したのだ。


(彼はこのままにしてはいけないな。)


戦闘中にも関わらず、カイナはユウヒを案じた。


カイナの危険視は、レインや『月』へのものとは違う。ロクな終わりかたをしないであろう未来へ向かうユウヒを危ないと感じたのだ。


一瞬ではあったが、戦闘の外に意識があったカイナは、ユウヒが地を蹴り、レインに向かって走り出したことで、戦闘への意識を取り戻した。


ユウヒは凄まじい速度でレインへと突っ込む。ユウヒの走り去った後に火の粉が漂う。


レインは既に展開させていた黒風の槍を一本飛ばす。こちらも凄まじい勢いでユウヒを正面から討とうとする。


ユウヒと槍、その二つがぶつかり合うと同時に、巨大な風船が割れた時のような甲高い音が鳴り響く。ユウヒが槍を右手で受け止める。


「ぐっ、おお!」


一瞬の踏ん張りと、槍を押し返そうとする気合の声。灰状態となったユウヒの身体は、その炎によって内側から強化されている。


徐々に、ユウヒの押し返す力が勝る。それと同時に、黒い槍を炎が侵略してゆく。やがて、槍は炎に包まれ、燃えカスとなって、その場を失せた。


レインが面白そうに目を細め、槍を撃墜し、なお向かってくる灰を眺める。


二本目、三本目の黒風の槍を放つ。二本目の槍を大きく避け、三本目をくるりと躱すユウヒの前に、いつの間に投げられていたのか四本目の槍があった。


(避けられ…ない!)


もう一度、激突する為に右手を持ち上げる。しかし、槍は既に顔前、右手は間に合わない。


「っ!」


ユウヒが間に合わないと悟った時、真横から鋭い斬撃が飛んできた。斬られた槍は、斬撃が帯びていた光に蝕まれ消失。


斬撃の主はカイナ。戦闘に出遅れた彼だが、流石は副団長、ユウヒの突撃にギリギリで間に合ったのだ。


「あ、…ありがとうございます。ホント助かりました。いやホントに。」


見事なカイナの助太刀に、素直な感謝をする。


「何、気にすることはない。元々君の隙は埋めるつもりで立ち回ろうとしていた。それが上手くいっただけさ。」


ユウヒを一瞥し、レインへ向く。


「ユウヒ、最初の予定では、私の剣で奴を討ち取るつもりだったのだ。だが、その為には弱点があってね。剣に力を集中させる為の時間が必要だったのさ。その時間、他のことに力を使えないから、その時間稼ぎとして君を使うつもりだったんだが…」


ユウヒの前に立ち、言葉を続ける。


「君の力を頼らせてもらう方が、事態の収束は早いだろう。外の様子も気になるし、君を全力で援護させてもらう。」


レインが月喰前であれば、カイナ1人で片付いたはずだ。だが、彼はレインを生きたまま捕らえる必要があったため、手加減をしなければならなかった。


『月』の衛星、それから得られる情報にはどれだけの価値があるのか計り知れない。それ故の手加減。しかし、それが仇となった。結果、レインは月喰を起こし、カイナは全力で望まなければ勝てない相手となってしまった。


しかし、カイナの全力は先刻の説明の通り、剣に力を集中させる為の時間が必要となる。故に、1人では全力を出せないのだ。


本来なら、カイナとて、ユウヒのような一般人、それも灰状態なんてものを使う人間に頼るのは、騎士団副団長として情けないし、痛みを推奨するようで心苦しいのである。


だが、ここで頼らねば、事態は好転しないのも事実。会場の民を守ると誓った以上、自身の誇りのせいで、『月』の制圧が滞ることは許されない。


カイナは目的のために手段を選んでいられないのだ。


「ユウヒ、君の力で奴を倒せるか?」


ユウヒに問うカイナの目に迷いはない。ユウヒが少し考えて口を開く。


「さっき、あいつの槍を焼き尽くした感じ、ギリギリではあるけど倒せると思います。それに…」


「それに?」


ユウヒが覚悟を決めた目でカイナを見る。


「頼られたら、応えるまでっす。」


カイナがニヤっと笑う。


「いい返事だ。」


2人はレインに向き、同時に地を蹴る。


「まったく、あなたは私を舐めすぎですよ!そんな子供に頼るなんて、副団長様もお疲れの様ですねぇ!!」


向かってくる2人へ次々と槍を投げるレイン。その槍を、ユウヒの進行の邪魔になるものから迅速に撃ち落としていくカイナ。


ユウヒは自分の目の前の道が、一直線に整備されていくさまに感激を覚えながらも、止まることなく、拳を握り、速度を速めていく。


レインは、徐々に距離を詰めてくるユウヒへ更に槍を飛ばしながらも、激突の瞬間に備え、その大きな右腕に力を込める。


右腕に集まる闇は、飛ばされる槍よりも濃く、槍に比べ、重く鈍い印象を感じさせる。


対して、ユウヒの握る拳からは火の粉が飛び散り、やがてそれが火花に変わり、拳を赤い炎で染め上げる。


炎と闇、明と暗、何十本目か分からない槍が打ち消されたと同時に、その二つは激突する。


先ほどの、槍と拳の衝突よりも重く、拳同士でしか聞こえない骨同士がぶつかるような鈍い音の後に、遅れて爆発音が響く。


レインは、黒い霧によって外から集めた魔力によって、ユウヒの拳と激突した途端から常に、自身の右腕に魔力を注ぎ続けている。


それに引き替えてユウヒの拳は、内側から発生する炎に拳を強化されながら焼かれ、レインの常に強化されていく拳によって、外側から拳を破壊されている。


押し負けないように右手に込める力を増すが、そうまでして拳を酷使しても、押し負けないようにするのが精一杯である。既にユウヒの右手の中身はボロボロである。それを炎による強化で誤魔化しているのだ。


そんな状況を打破するかのように、レインの右腕へカイナが斬りかかる。


剣が右腕へ触れた途端、右腕に凝縮されていた力が噴き出す。それを見て、ユウヒもここぞとばかりにガムシャラに力を込める。


押し負けていたユウヒは、真っ黒い腕を押し返し始め、その闇ごと灼き始めていた。


「うっ!ぐうぅううう!!」


歯を食いしばり、ボロボロの右手を突き出していくユウヒ。そんな状況をレインが黙って受け入れる訳が無かった。


今もなお、自分の右腕に触れるカイナを吹き飛ばす為に、そちら側に思い切り腕を振う。密着していたカイナは吹き飛ばされ、押し合っていた右腕が急に目の前から離れて、ユウヒは前方へと体勢を崩す。


そのユウヒをレインは、今振り払ったばかりの右腕で乱暴に殴り飛ばす。腕はユウヒの腹部にめり込み、カイナ同様に吹き飛ばされた。


「危ないところでした。灰状態、これほどまでとは恐れ入りました。あなた、中々やりますねぇ。」


灼かれた右腕は、大量に蓄えられた魔力によってすぐさま修復された。


(?腕が、魔力で修復された?緑色の力でもないのに、どうして…)


ユウヒは、レインの修復された腕を見て、そんなことを疑問に思った。


起き上がろうとするユウヒは、腹部に激痛が走り、その動きを止めた。


(痛っ!)


ただでさえボロボロになる体。加えて、破壊力のある殴打。ユウヒの体は、今のたった一度の激突で破壊し尽くされていた。


「おやぁ?もしかして、体動きませんかぁ?」


レインの気味の悪い目玉がユウヒの目に焼き付いた。ゆっくりとこちらに近づく化け物は絶望そのもののようで、ユウヒに恐怖を与えるには過剰であった。


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