第17話 燃える灰

 スノウを縄で縛り、自由を完全に奪う。


「ユウヒ、お前、あとどのくらい魔力残ってるよ?」


スノウを縛り、再度座り込むユウヒにヤイチは問う。ユウヒは、立っているヤイチへ顔を向けてため息をつく。


「はあ、正直にいうと、ほとんど残ってない。さっきの一撃でほとんど使ったよ。」


「相変わらず、魔力の消費が早いな。効率よく消費できるように修行しなかった結果だ。」


「そういうお前はまだやれそうだな。」


恨めしそうにヤイチを見上げる。


「当たり前だ。風使いには負の状態が存在しないからな。要領よく立ち回らなければ、すぐに役立たずになるんだよ馬鹿。(今のお前みたいにな!)」


そんな二人の下にヨルカが駆け寄ってきた。安心と心配の混じった表情を見て、ヤイチとユウヒは笑顔を向けてやる。


「二人とも大丈夫?ケガ、酷いところない?」


「ああ、もちろん大丈夫さ。戦闘時間自体が短かったから、大した怪我は無いよ。まあ、隣で座ってる彼は、中々痛めつけられたみたいだけど?」


馬鹿にするような目でユウヒを見下ろすヤイチ。


「は?別に痛めつけられてないし。むしろ修行の時より軽傷まであるわ。」


そう言って、ヤイチを睨むユウヒ。二人の目と目が合う。瞬間、始まる最悪の意思疎通。


「はいはい、二人とも睨まないの。」


いつものことと呆れながら、ヨルカはユウヒの治療を始める。治療は速やかに行われ、終わるころに、ユウヒとヤイチは息を切らしていた。


「おーい!」


そんな三人に町長が声をかける。そのまま近づいてきて、スノウを一瞥すると、ユウヒたちへ話しかける。


「この度は、みんなを守ってくれてありがとう。町民を代表して礼を言わせてもらうぞ。そして、すまなかったな。その子が生贄にされそうになった時、庇ってやれなくて…。」


ヨルカへ申し訳なさそうな顔を向ける。そんな言葉を聞いて、ヤイチが反応する。


「ヨルカが生贄に?まさかこのハゲ、ヨルカに手を出そうとしてたのか!?許さない。」


そう言って木刀を振りかぶるヤイチを、ヨルカとユウヒが止める。


「落ち着け馬鹿!お前、殺す気か!?」


「安心しろ!木刀じゃ殺せないから!」


「やめてヤイチ!あなたなら木刀でも殺しかねないわ!!」


そんな風にわちゃわちゃとしている三人を、町長はポカンと見ていた。


ようやく落ち着くと、町長が話し始める。


「脅威も去ったことだし、我々はここを脱出しよう。この男は、一人でこの場所に来たと言っていたが、こんな男の言葉は信用できん。外にも、何か待ち構えていると思って動いたほうが良いだろう。そこでだ。よければ、君たちの力をまた貸してはもらえないだろうか?」


ユウヒとヤイチに向けて、協力を要請する町長。ヤイチは少しばかり不満であった。


「あんたたちは、ヨルカを守ってくれなかったんだろ?そんな人らに力を貸すのはちょいと御免だな。」


プイっと顔を逸らすヤイチにヨルカが声をかける。


「ちょ、ヤイチ!?結果的に私は大丈夫だったし、みんなを助けてあげてよ、お願い。」


「そうだぞヤイチ。みんなを守るってことは、ヨルカを守るってことにもなるぞ?」


それを聞いたヤイチは、耳をぴくッと反応させ、ムスッとしながら町長を見る。


「わかった。町民全員、私が守ってやる。ただし!最優先はヨルカだ!町民は飽くまで、そのおまけだ!ヨルカは絶対に私から離れないように!」


(扱いが簡単でよかった)


ユウヒがそんなことを思っているなど、ヤイチは気付いていない。ヨルカを守る、その使命のために燃えていた。


「あ、ありがとう。よし、それじゃあさっそく出発だ。」


町長はそう言って、町民たちの元へと指揮のために戻っていく。


「それじゃあ、俺はコイツを騎士団のところに届けるわ。」


ユウヒは、スノウを背負おうと準備する。その時、偶然にもスノウの左の手のひらが見えた。そこには、。それは、何かで描かれたものか、彫られたものかはわからないが、どちらにせよ不気味なものに感じられる。


ユウヒは、その月から目が離せなかった。どんどんと、その月に吸い込まれる。


「うっ。」


そして、頭を貫くような痛みが走った。ボタボタと汗が落ち、顔は真っ青である。


「ユウヒ?大丈夫?」


ヨルカが肩を叩く。


「ああ…。ヤイチ、大会に参加してた他の剣士たちは上か?」


痛みをこらえ、月のことを一旦頭の片隅に置く。


「ああ、きっと会場外での戦いの後方支援をしてると思うけど。」


ヤイチも、ユウヒの異変に気付き、怪訝そうに言葉を発する。


「そうか。じゃあ、そこに向かうわ。後から追いかけるから、みんなのことちゃんと守れよ?」


「当たり前だ。」


ヤイチがそう返すと、「じゃ、よろしく」と言って、スノウを背負って、地上への階段へと向かう。その後ろ姿を見送るヨルカは、さっきまでの安心が消え、小さな不安を抱えた。


「どうしたのかなユウヒ。私たちも一緒に…。」


そこまで言って、ヨルカは黙ってしまう。そんなヨルカをヤイチは励ます。


「まあ、後から追うって言ってるし、心配しなくても大丈夫だよ。それに、いつもあいつはどうかしてる。」


「…それもそうだよね。よし、行きましょう。」


きっと大丈夫。ヨルカはそう信じて、気持ちを切り替えた。


町民を引き連れ、ヤイチ達は地下闘技場を後にした。






 スノウを背負うユウヒの足取りは重い。地上への階段を一段、また一段登るごとに、頭に響く痛みは強くなる。


(なんだこれ。なんだこれ。なんだこれ。)


ズキズキと痛む頭に、誰かの声が、光景が浮かぶ。間違い無い。これはきっとユウヒ自身の過去の記憶だ。


(なんで、なんで、あの月を見てこんな…)


背中に感じる重さが鬱陶しい。


「なぁ、おい?その手のひらのやつ、何なんだよ?」


気絶しているスノウからは返事が無い。ユウヒは大きなため息をついて、地上へと出た。


会場の入場口に差し掛かり、外からは大きな音が連続して聞こえる。


「う、うるせぇな。」


頭に響く戦闘音に嫌気が差すユウヒ。会場外は、騎士団と『月』の戦いが激しく、見渡す限り安全な場所はないように思う。


そんな中、闘技場に張り付くように人が集まっている場所がある。見ると、負傷者や、大会に参加していた剣士達がいた。


(あれが後方支援か?…急ごしらえの医療班みたいに見えるな。)


のそのそと、そちらに歩いていく。剣士の1人がそれに気付き、声をかける。


「お、おい、なんで一般人がここに?てか、その背中の男…まさか?」


「あぁ、『月』の幹部だとさ。監視頼むわ。」


背中の男を、彼の方へと投げる。


「か、幹部って、君が倒したのか!?」


剣士は驚きの声を上げる。


「あー、まあ、俺ともう1人でな。それより、今の状況は?」


淡々と話すユウヒに、無理やり冷静さを引き戻された彼は、状況を説明しだした。


「あ、あぁ、『月』のやつらに風使いが多くてな。騎士団が劣勢になってるわけじゃないが、持久戦を強いられてるよ。けど、10分前の時よりも、5分前の時よりも、状況は良くなってる。じきに戦いの決着も着くだろうさ。」


そう口にする彼は、疲労を感じさせる顔をしているが、状況が好転していることで、安心しているようだ。


「そうか。たしかに負傷者は少ないみたいだし、ここは大丈夫そうだな。それじゃあ、中は…」


その時、会場の中から雷の落ちたような音が聞こえた。


「な、なんだ!?」


剣士の彼はもちろん、交戦中の騎士も気を取られた。


音の後に、黒い霧のようなものが会場の中から溢れ、辺りを覆っていく。


その霧に覆われた戦場で、騎士や剣士、『月』の信者までもが、次々と倒れていく。彼らの状態は、ヤイチが決勝で戦うはずだった剣士の彼と似ていた。


会場の中から、獣のような叫び声が聞こえる。


倒れた人々は「うぅ」と、呻き声を上げて、立ち上がることができないようだ。


ユウヒもその霧に触れてふらつく。


「な、なんだ?中で一体何が…」


ユウヒは会場の内側、入場口の方を見据え、ふらつく足と、頭痛を堪えながら、歩き出す。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る