第16話 熱風 2

 ユウヒとヤイチは全く同じ速度で、スノウへと向かっていく。走りながら、ヤイチは自身の木刀に風を纏わせていく。


木刀を覆う風は、ゴオオっと唸り声を上げると、すぐに高い音へと切り替わる。これにより、木刀に触れるものは風によって引き裂かれる。ヤイチの木刀は、切れ味の悪い刀くらいまで進化したのだ。


(このままユウヒと一緒に突っ込めば、仮にあのハゲを倒せたとしても、私とユウヒの一撃どちらで倒したかで喧嘩になる。…ならば!)


ヤイチは走るのを止め、その場に留まる。腰に構えた木刀を、スノウに向かって振りぬくために構える。


(ここから最大出力の風をぶつける。もちろんユウヒよりも早く、速く!って!?)


ヤイチは驚く。自分が並走を止めた後、ユウヒが、スノウと自分をつなぐ直線を塞ぐように走っていたのだから。


「お、おまえー!!!!」


これでは、最高の一撃を撃ったとしても、スノウには届かずにユウヒを撃ってしまう。そして、ユウヒが意図して自分の邪魔をしていることに一瞬で気付いたヤイチは、怒りと踊らされた感の篭った叫びを上げる。


そんなヤイチの叫びを聞いて、ユウヒは速度を落とさずにそちらをチラッと見る。ニヤッとした顔をヤイチに見せると、スノウに向き直り、走っていく。


(馬鹿が!お前は黙って、流れ弾から町民を守ってろ!)


そんな意図を含ませたユウヒの顔であった。


(馬鹿が!お前は黙って、流れ弾から町民を守ってろ!みたいな顔しやがって!!腹立つー!)


ユウヒの意図を正確に読み取ったヤイチは再び走り出す。


「まったく…、あなた方は誰と戦っているのですか?」


呆れたようにスノウは笑う。全身から赤い風を発生させ、それを様々な角度からユウヒ、その奥のヤイチや町民達へと放つ。


「それでは、私には勝てませんね!」


正面、上、左右、それぞれの方向から12もの風の塊が襲う。


スノウの正面を走るユウヒは、速度を緩めずに、3つの風の塊に炎をぶつける。


「ヤイチ!あと9つ頼んだ!」


ユウヒは振り返ることなく、後ろのヤイチへ言い放った。


「な!?無責任すぎるだろ!」


ヤイチは、そんなユウヒに文句を言いながらも再度止まり、木刀を構える。


(お前の疾さならいけるだろ?信用してるぞ!)


ユウヒは、ヤイチのことは嫌いだが、その実力は認めている。そして、自分に9つもの風を止められないことも分かっていた。


だから任せたのだ。信用している、その言葉は絶対に口には出さないだろう。それを言えば、あとで弄られるから。


心の中で、誰にも伝えるつもりのない言葉を呟く。そしてそれは、ユウヒには不愉快だろうが、ヤイチに届いていた。


いや、届いていたわけではなく、ヤイチ自身で感じ取ったというべきか。


ヤイチも、あちこちから襲ってくる9つの風を、ユウヒの力で止められるとは思っていなかった。力の強さの話じゃない。単純に不向きなのだ。


だから、ユウヒがヤイチに任せたのは、それが適任だから、ヤイチなら止められると信用していたからだということを、ヤイチは感じ取ったのだ。


ユウヒがヤイチへ「頼んだ」と言った際、ヤイチを一瞬たりとも見なかったのは、自分の考えを読まれたくなかったからではないだろうか。


ヤイチはユウヒの信用に気付いた。だが、あそこで「任せろ」なんて言うのは、2人の関係性ではありえない。


だから、ヤイチが返した言葉はユウヒへの文句なのだ。そして、その言葉の裏で、ヤイチが「任された」と、うっすら思っていることに、ユウヒは気付いたかもしれない。


2人は、そんな信頼の言葉を照れ臭いと感じ、決して口には出さない。


だが、あの2人では伝わってしまうのだ、伝えられてしまうのだ。どちらかが素直になればもっと簡単なのに、なんとも、面倒くさい関係である。


ユウヒがスノウとの距離を詰める。拳を握り、思い切り振りかぶる。


「貰った!」


握った拳に炎が灯り、スノウの顔面に思い切り叩き込む!


「あげません!」


顔に拳が届く前に、スノウは両手を思い切り振り上げる。それに応じるように風がユウヒの足下から、掬い上げるように吹く。


これまでの風とは比較にならない強力な力。思い切り吹き飛ばされたユウヒは上空を舞う。


「うおあっ!?」


抵抗出来ずに、地下闘技場の天井付近まで吹き飛んだユウヒをにこやかに眺めるスノウ。


「ははは、飛びまし」


その言葉を遮るようにスノウの目の前に現れたのはヤイチだった。


「は?」


スノウは、そんな間抜けな声を上げる。ユウヒよりも後方にいたはずだ。


9つの風の塊を、町民達に届く前に対処しなければいけなかったはずだ。


スノウが12の風を放って、ユウヒを上空に打ち上げるまでおよそ4秒。その間にヤイチは9つの風全てを打ち消し、さらにスノウの目の前まで詰めたのだ。


「はやすぎ…」


早い、速い、疾い。神速の類。ヤイチの行動に、スノウは完全に対応出来なかった。


「いや、遅いんだよ、お前らが。」


その言葉はスノウだけでなく、上空のユウヒにも向けられた。


ヤイチは腰に構えていた木刀を、これまたとんでもない疾さで振る。横一閃。緑色の光がスノウの体を走る。


スノウは、まるで先程のユウヒのように吹き飛び、地下闘技場の壁に激突する。


「チッ。木刀じゃ、流石に斬れないか。」


ヤイチは、スノウを吹き飛ばした際の手応えに不満を漏らす。


ヤイチが木刀に纏わせた風は、武器の鋭さを強化するためのものだ。そもそも風の力の特徴は、その鋭さと疾さによって敵を切り裂くというものである。その中でも緑色の風は、風属性の中で最も疾い。故に鋭く、業物の刀に纏わせれば、その切れ味は何倍にも跳ね上がるだろう。


しかし、ヤイチが今回用いた武器は木刀。そもそも敵を斬ることのできない刀だ。どんなに優れた力でも、武器が劣れば意味を為さない。だから、ヤイチは、スノウを斬ることができなかった。


吹き飛ばされたスノウがゆっくり立ち上がる。右腕からは大量の血が流れている。


「まさか…、ここまでやるとは、思いませんでしたよ。あぁ、痛い痛い。」


そう話すスノウの顔は先ほどまでの余裕を半分失ったように感じられる。


「とっさに右腕で防いだのか。よく反応できたな。すごいよ。」


ヤイチに斬られる瞬間、ギリギリで右腕を盾にしていたのだ。


ヤイチは再び木刀を腰に構える。今の一撃で確信を得たようだ。


(次で仕留められる。)


緑風が、ヤイチの木刀へと集まっていく。次こそ、ヤイチが最初にやろうとしていた最大出力の一撃を繰り出せるだろう。


それを見て、スノウが左手を胸の前に持ち上げる。


「いいでしょう。貴方は私に傷を負わせた。ならば、この力を見せる相手としてふさわしいでしょう。」


「!?」


ヤイチは目を見開く。スノウの左手から黒い霧のようなものが発生している。


(闇色の力?いや、1人の人間が複数の力を持つなんて…)


先ほどまでは、赤い風の力を使っていたスノウ。普通、1人の人間が持てる力は一つのみ。仮に両親から力が遺伝したとしても、それらは混ざり合い、より強い方の力が残るようになっている。


だから、今のスノウは異質であった。そう考えていたのは何もヤイチだけでない。戦いを見守るヨルカや、力を持たない町民達ですら、その二色目の力を、驚きの目で見ていた。


「いきますよ?これが、月の力で」


「うおおおおおおおお!!」


今度は、ユウヒがスノウの言葉を遮る。上空に打ち上げられたユウヒは真っ直ぐスノウに向かって落ちてくる。


自分を傷つけたヤイチにのみ意識が向かっていたスノウにとって、それは完全なる不意打ち。自分で対処した男の事がすっかり頭から抜け落ちていた。


「なっ!?」


スノウは回避行動が間に合わないと判断し、全力の風を壁として、ユウヒと自分の間に出現させた。


ユウヒがその壁にぶつかる瞬間、右の拳で思い切り殴る。


炎を纏った拳は、その壁を灼き、轟音と共に破壊した。その破壊と共に素早く拳を引く。


もう一度、力一杯握った拳に炎が宿る。


「終わりだ!!」


拳が、スノウの顔面に突き刺さる。瞬間、爆発。


ドカンという音と共に発生した煙で、2人の姿は見えなくなる。


爆風が町民達まで届き、その場の全員の視界が一度奪われた。悲鳴が響き、次いで爆発の余韻が会場全体に響く。


徐々に、静寂が会場に訪れる。


風で町民の周りの煙を払ったヤイチは、町民の安全、もといヨルカの安全を確かめる。


「よかった。大丈夫そうだ。ったく、あいつ、少しは加減しろよ。」


文句を言いながら、ユウヒが落ちたあたりへと歩いていく。


あたりの煙が晴れ、ユウヒとスノウの姿も見えてくる。スノウは仰向けで倒れており、気絶している。顔の殴られた場所は火傷を負っており、それ以外のところも爆発や、地面に叩きつけられた時に出来た傷が目立つ。


なんとも呆気ない最後。自分が飛ばした相手を忘れるなんて、なんと間抜けな幕引き。


町民達はその光景を見て歓声を上げる。それぞれが抱き合ったり、泣いたり、様々だ。


「おう、援護ご苦労。」


疲れて地面に座り込むユウヒが、そんな言葉をヤイチへかける。


「援護?なんのことだ。それよりお前、町民がいること忘れてんのか?めちゃくちゃ危なかったんだぞ。」


ユウヒを叱る


「あー、悪い。けど、もうコイツには立ち上がって欲しくなかったからな。全力を出してしまった。」


たしかに、スノウはまだ何かやろうとしていた。それを許していれば、一層戦いは面倒になっていただろう。


「まあいいだろう。それで、援護ってのは?」


ヤイチが援護について問う。言うまでもないが、ヤイチが進んでユウヒの為に動くことはない。だから、ヤイチにとって、援護と捉えられた行動については問いただした上で、否、と言わねばならない。


「お前がこの場所に、このハゲを吹き飛ばした。俺の落下地点もちょうどここだった。だから勝てた。よって援護ご苦労。」


そういうことか、とヤイチは溜め息をつく。


「はぁ、別に援護したわけじゃない。私も、殺すつもりで吹き飛ばしたんだからな。…まあ、それでお前が勝てたんなら、つまり、お前は私に勝たせてもらったということだよな?」


途中から都合のいいように解釈するヤイチ。


「あ?まあ、そういうことでいいよ。とにかく、コイツ縛るから手伝え。」


ユウヒはそう言うと、立ち上がろうとする。すると、ヤイチから手が差し伸べられた。


「はっ。手伝うのはお前だよ、ユウヒ。」


差し伸べられた手を、ユウヒは「ふん」と笑って、軽く弾いて、立ち上がる。




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