第15.5話 ある少女の話

 幼いころ、ヨルカの両親が亡くなったあの日、親の亡骸にしがみついて泣く彼女の顔を忘れられない。それまでの彼女は、楽しいことには笑い、辛いときに泣く。そんな女の子だったのだ。


祖父母の元での生活を始めた彼女は、微笑むことが多くなったと思う。それは、自分の弱さを隠すためか、それとも他人を安心させるためか、私なんかには理由は分からなかったが。


なんにしても、その微笑みは痛みは治せないが、たくさんの人の心を癒した。彼女が微笑むだけで、周りが安心した。


そんなヨルカに力が宿った。6歳のころだったと思う。その力が人助けに役立つと知った彼女は、山に住む魔女に弟子入りをした。


毎日毎日、山へ出かけ、夕暮れ時に下りてくる。そんな生活がしばらく続き、2年が経過したころには、ヨルカの力は並大抵の傷ならばあっという間に治せるくらいまで成長していた。それでも、だけは変わらず彼女に張り付いていた。他人のための笑顔だ。私はこの2年の間、彼女の支えになろうと接してきた。しかし、かつての彼女の笑顔が、彼女のための笑顔が見られることは無かった。



 もともと幼馴染の彼女とはよく一緒に遊んでいた。そんな自分なら、かつての彼女を連れ戻せると思っていたのだが、彼女が私と会うときは、しか考えてくれない。彼女自身の衝動が欠落しているように思えた。


このままではいけない。ヨルカを独りにしてはいけない。そう思った私は、ヨルカと同じく、魔女レオルに弟子入りしたのだ。これでいつも以上にヨルカの傍にいてあげられる。このまま彼女と共にいて、いつかあの笑顔を取り戻す。そう考えていた。


先生の下での修業は中々充実していて、9歳になるころには、力の制御がかなりできるようになっていた。先生は私の成長ぶりに感心していたが、それでも、ヨルカの成長ぶりには負けていた。傍にいるはずなのに余計に離れているような、そんな奇妙な感触さえあった。


先生が仕事のために町を出ると、二人きりでの修行だ。一緒にいる時間が増えた。普通、付き合いが長ければ長いほど、分かりあえるものだと思っていたのだけれど、どんなに彼女に寄り添っても、なかなか彼女は私に本性を見せてくれない。



 先生が傷だらけの少年を連れて町に帰ってきたのは、そんな時だった。全身ボロボロのその少年は、ヨルカとその祖父母の手によって、速やかに治療された。


目が覚めた彼には記憶が無く、自分の名前すら憶えていなかった。先生は、一時的な混乱だろうと言っていた。実際、彼が町に来て数日たったある日、彼は急に自分の名前を思い出した。先生の言うとおりだった。


ユウヒという名前らしい。あの青い空を真っ赤に染める美しい太陽と同じ、良い名前だ。


日が経つにつれ、ユウヒの記憶は曖昧にだが徐々に戻っていった。そこで初めて、彼に何があったのかを知った。親が殺されたこと、その犯人を殺したこと、力が制御できずにすべて焼いたこと。まだまだ言いたいことはあったようだが、それ以上を思い出すことはできなかったようで、それでも苦しげに話をしようとするユウヒを、ヨルカが「もう大丈夫だから。」と抱き寄せた。その時のヨルカは、まるでユウヒの苦しみをそのまま感じ取ったような、当事者だったかのような、そんな辛そうな顔だった。


それからしばらく、3人で修行を行うようになった。ユウヒの力は中々に大きいものであったが、うまく制御することが出来ず、自身の意思で力を発動することはできても、止めることはできないようであった。だから、ユウヒはよく力を使いすぎて、その赤い炎で体を焼いてしまっていた。いわゆる灰状態に陥りやすかった。


負の状態に陥るまで力を使い続ける人間はこの町にはいない。そもそも力をまともに使える人間自体少ない。騎士団への入団志望者か、私たちのような…物好きくらいのものだ。


先生によると、負の状態っていうのは体への負担が恐ろしく大きいらしい。だから、例えば騎士団のような能力者集団には、負の状態になって戦おうとする人間はあまりいない。諸刃の剣は騎士団には不要らしい。


そういう理由もあって、負の状態、その中でもとびきり負担の大きい灰状態へと、毎度のごとく陥るユウヒは見ていて痛々しかったが、新しいものを見たような気がして、少し興味も沸いた。


ユウヒが灰に至るたびに、先生が強制的に力を止める。ユウヒの修行風景の最初はこんな感じであった。しかし、ユウヒがある程度の力の制御を覚えた時、私は、あいつが怖いと思った。


あいつは力の制御を学んだ後もそれまでと同じように、灰に至るまで力を使い続けた。顔色一つ変えずに。灰状態の体への負担は、身を焼く痛みとして現れる。だっていうのに、あいつは当たり前のように、その状態で修行をしていたんだ。まったく、狂ってる。


先生は当然、それを許さなかった。お叱りを受けたユウヒはそれ以降、先生の前で灰に至ることは無くなった。だが、先生がいないときは、それまで我慢していたものを吐き出すかのように、灰状態での修業に取り組んでいた。


それを辛そうに見るヨルカを見て、私は胸が痛かった。ヨルカの心配に気付きもしないあの男に腹が立った。


それからだ。ユウヒの無茶はヨルカを苦しめる。なら、私にあいつが敵わないことを思い知らせてやれば、今の無茶な修行を止められるかもしれない。だから私は、あいつに勝つことを誓った。私とユウヒの力は戦闘向きの力で、先生から指示される修行も同じものが多かった。それまでもユウヒとは張り合ってきたが、この誓い以降、一層競争するようになった。


 そんな日々が過ぎ、16歳のころ。いつものように川で顔を洗って修行場に戻ると、ユウヒとヨルカが楽しそうに会話していた。ただ楽しそうならよかったのだ。そうならば、何を話しているのか?と会話に混ざることが出来ただろう。しかし、その時のヨルカは心の底から楽しそうで、いつか願った彼女自身のための笑顔、それにとても良く似ていた。


私はその場から逃げ、川でもう一度顔を洗った。こぼれる涙がいつまでも頬から消えてくれない。何度も何度も顔を洗うが、止まらない涙を洗い流すことは不可能で、結局その場で泣いていた。


悔しかった。ずっとヨルカのために頑張ってきた自分よりも、ヨルカを心配させているあの男のほうが、彼女の心を引き出せていることが、とてもとても悔しかった。


ヨルカとユウヒには、親がいないという共通点があった。そういうわけで、お互いに通じるものがあったのかもしれない。親のいない苦しみなんて、中々共有できるものじゃないのだから。


だから、そんな共通点を持つユウヒには、自分の弱さ、本性をさらけ出せたのかもしれない。つまり、私がこのまま一緒にいたところで、彼女の本性は私の前では表れないのだ。


今までのように彼女の傍で共に歩むだけでは、私はあの笑顔に出会えない。ユウヒと同じ場所で、同じ修行をしていては、あの男に諦めは芽生えない、ヨルカの心配は絶えない。


私は、先生の下を離れると決めた。そして、剣士の道を歩むことを決めて今に至る。この選択が正しいかどうかはわからない。ヨルカは以前よりも、自分のために感情を出せるようになった気がする。それもきっと、ユウヒと過ごした時間がそうさせたのだろう。


違う時間を、私は過ごしてきた。ユウヒやヨルカが過ごしてきたものとは違う時間を。


そんな、別々の時間を過ごしてきた男と、今こうして並び、同じ敵を前にしている。


見せてやる。私がお前よりも強いところを。


見ていてほしい。私の強さを。そして、見せてほしい。君の、私の勝利を心から喜ぶ顔を。


足に力を込めて、地面をける準備をする。


「ブッ飛ばす!」


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