第15話 熱風

 力と力がぶつかる。互いに大きな力のため、引き起こされる爆風に「うわぁ!」などと声を上げながら身を守る町民。そんな中で、ヨルカだけは目を逸らさず、ユウヒを見守っていた。ユウヒを戦わせてしまったのは自分だと思ってしまっているヨルカは、彼が闘うと言った時、それを止められなかった。


ヨルカは、ユウヒに傷ついて欲しくなかった。これまで、無茶な修行を積んできたユウヒを治療する度に、「自分で自分の事をこんなに傷つけてしまうなら、闘う場ではどれだけ傷付いてしまうのだろう?」と、そんな風に、ユウヒ以上にユウヒの身を案じてきたのだ。


レインが会場に現れ、ユウヒが闘おうとしたとき、それを彼女が止めようとするのは必然だったのだ。できる事なら、このまま逃げたかった。


しかし、今こうしてユウヒは闘っている。本当はユウヒが何か言う前に、その腕を掴んで止めたかったはずだ。だが、人を気にかける行為としてユウヒに闘って欲しくないと願った彼女は、大勢が死ぬかもしれない状況で、人の為に闘おうとするユウヒを止めることは出来なかった。なぜなら、それを止めれば、自分のこれまでの信念のようなものを否定することになるのだから。


いや、大勢が人質に取られているだけなら、ユウヒの腕を掴んで離さないことは出来たかもしれない。ヨルカにとって、大勢よりもユウヒの方が大切だったからだ。だが、その人質の命の一端がヨルカにかかっていた。そして、ヨルカに与えられた選択肢はどちらも最悪なものだった。大勢の死か、犯罪組織への加担か、どちらも選べずにいたヨルカに、ユウヒは逃げる選択肢を与えた。


人のためになろうとしてきた彼女ならば、大勢の死を避ける選択をするべきだったのだろうが、彼女は聖女ではない。ただの薬屋の娘である。二つ返事で自分を犠牲に出来るほど強いわけが無いのだ。


だから、そんな弱い自分を庇うように立つユウヒに、「お願いだから闘わないで」なんて言える訳が無かった。


だから「無茶はしないでね?」という、ユウヒとヨルカのどちらの意思も否定しない優しい言葉を、彼女は選んだのだ。






 ユウヒの放つ炎は竜の吐く炎の息の如く、不規則に、しかし、正確にスノウへと飛んでいく。スノウはその炎を、自身の風によって方向をズラしていく。この技のやりとりが先ほどから続き、どちらも相手を傷つけることは出来ていない。とはいえ、攻めるユウヒはそれだけ魔力の消費が大きく、大きな一撃を放っても受け流されるため、魔力の消費損となっている。


対するスノウはまだまだ余裕のようで、ユウヒの放つ炎に適切な対処をしている。そもそも風使いは、魔力の消費以上の力を発揮するため、このままではユウヒの方が先に魔力切れを起こしてしまう。再度、力が衝突し、爆煙が広がる。


「ははは!そんなに魔力を浪費して、私に勝てるとお思いですか!?」


「そっちこそ、耐えるだけで勝てると思ってんのか!?」


両者、話す余裕はありながら、凄まじい技の出し合いを繰り広げる。爆煙の中、ユウヒがスノウに向かって全力で走る。それに対して、的確にユウヒを殺すための風が飛んでくる。それを全て紙一重で避け、右手を強く握る。赤い炎が右手を包み、それによって爆煙の中でも、スノウからはっきりと認識される。ユウヒも、風の流れからスノウの位置を大まかに把握し、迷わず突っ込む。


煙を払いながら、赤い風が飛んでくる。煙の晴れた所からお互いの顔を認識。ユウヒが、飛ばされた風とその奥のスノウに向かうように拳を突き出す。放たれた炎はこれまでよりも強く、それを見たスノウは反射的に大量の風で壁を作る。


スノウに向かう炎の全ては、風の壁に阻まれて相殺される。


「今のは驚きました。中々強いようですね。ですが、それでは勝てませんよ?」


無傷のスノウは笑う。対して、攻め続けていたユウヒは、目立った傷は無いものの、スノウよりも疲労しているように見える。


「あぁ、俺も驚いたよ。あんた中々強いんだな。」


(今のを防ぐのかよ馬鹿野郎!)


「ふふふ、褒めていただいたついでに、いい加減、あなたの口から名前を名乗って頂きたいですね。」


「お断りだね!」


ユウヒがスノウに殴りかかる。スノウは無数の風を一斉に飛ばす。そして、ユウヒはその風に当たらないように、変則的な動きで距離を詰める。


「避けるのは構いませんが、後方の皆さんのことが疎かになっていますよ?」


ユウヒはハッとして方向を変える。回避行動を止めたユウヒを風が切り裂いていく。


「くっ!」


鋭い痛みに一瞬顔を曇らすが、構わず、町民に向かう風を追いかける。


(くそ!間に合わない!)


鋭い風が町民を襲う時、それを阻みような緑色の風が吹く。


赤い風と緑の風、2つは絡み合い、その威力を失い、空気中に溶けていく。


ユウヒも町民も何が起こったか分からず、その状況に困惑した。


「ったく、この町の人達は力を使えない人が多い。それを考慮した戦いもできないとか、ありえないんだけど?」


その言葉はユウヒに向けられている。いや、彼女からユウヒに向けられるのなら、それは言葉では無く、鋭い刃かもしれない。あらためて、ユウヒに刃を向けたのは、剣士ヤイチであった。


「お前、どうして…?」


ヤイチは、審判員と共に運んだ剣士をその辺に投げ、町民達の前に立つ。


「副団長に助太刀不要と言われて、ここに避難しにきたんだよ。結局、今日は一度も力を使ってないからムシャクシャしてたんだけど、ちょうど良い憂さ晴らしの相手がいるじゃないか。」


そう言って、スノウを見てニヤリと笑う。


「おやおや、また人が増えましたね。それも、血の気が多そうだ。」


スノウは余裕をいまだ保っている。


「おいユウヒ!そのハゲ、私なら町民守りながらでも勝てるがどうする?」


そこを代われ。ヤイチの目がそう言っている。


「私はハゲではありません!これは自ら剃ったのです!」


スノウが自身の頭について弁明する。


「どうする?じゃねぇよ。力余してるなら手伝え!このハゲちょっとめんどくさいんだよ!」


ユウヒがヤイチに怒り気味に言う。


「私はハゲではありません!これは自ら剃ったのです!」


スノウが自身の頭について弁明する。


ヤイチはユウヒの言葉を聞いてムッとする。


「手伝えだぁ?そっちが私を手伝えよ!」


どちらが主軸となるか、そんなことで争おうとする二人は、スノウの言葉なんか聞いちゃいない。ヤイチがユウヒの元へと歩く。


ヨルカが困ったような、呆れたような、そんな苦笑いをする。


ヤイチが振り向き、ヨルカへ声をかける。


「ヨルカ、安心して。私が絶対守るから!」


ヨルカへ向けられた笑顔には自信が溢れている。ヨルカが「2人共仲良くしてね?」と保護者のような声をかけるが、周囲の町民達は思っただろう。ヨルカが心配すべきは2人の仲よりも安全のことではないか?と。


そんなこんなで、ユウヒとヤイチが並ぶ。絵面だけ見れば、仲間同士の共闘という状況であるが、2人共、互いの顔を睨み合っているため、格好がつかない。


「あの…、お二人共、私と戦う気がありますか?」


さすがのスノウも呆れて質問する。


「よし、ならこうしよう。どっちが先にアイツを倒せるか勝負な!」


何が「よし」なのかスノウにも町民にも、ヨルカにも分からなかった。であれば、睨み合っている間、2人の間で様々な提案、否定、罵詈雑言が声にならずに行き交っていたのだろう。つまり、2人以外には「よし」の意味は絶対に分からない。


「いいだろう。町民に流れ弾が飛んで行ったら、各自対処する。これでいいな?」


ヤイチとユウヒは互いに納得したようだ。スノウに向き合い、準備は万端である。


「ええ…、仲がいいんですね?」


スノウは混乱しながらも言葉を絞り出す。しかし、絞り出した言葉は、2人にとって、絞り出した後にごみ箱に捨てなければいけない言葉であったことをスノウは知らなかった。


「おいおい…本気で言ってるのか?」


ユウヒが震えた声でそう言う。


「髪どころか、脳みそも抜け落ちてたか?」


ヤイチも震えた声で言葉を発する。


2人から同時に、大きな力が発生する。ユウヒは炎、ヤイチは風、それぞれが混じり合って、2人の周りを漂う。それはまるで、2人の今の感情を正確に表しているようだ。


「「ブッ飛ばす!!」」


ユウヒとヤイチが叫び、地を思い切り蹴った。


多分、相性の良い2人ではあるのだろう。




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