第14話 襲撃 3
地下闘技場。かつて、ハートを中心とした国の運営が行われる前、ソレイユの時代。国中の町は、自分らの町を一つの国と定義して、独自の文化や防衛機能を発達させてきた。
ヌスの町では、戦える者を増やす為の機能として、この地下闘技場が設けられていた。地下闘技場では、若く、腕に自信のある者から無いものまでが集められ、本気の殺し合いが行われていた。当然、弱い者は殺し合いに勝つことは出来ないが、半殺しになったあたりで、優秀な医療班によって治療された。そうして、死への恐怖、生きることへの執着を植え付けることで、戦える人間へと進化させ、永らく、ヌスの町は強い町として君臨してきたのだ。
そんなヌスの町であるが、現在の国の形態によってその力は不必要となり、地下闘技場は閉鎖。今では年に数回、管理者が掃除の為に出入りするだけで、それ以外で解放されたことはなかった。
そんな場所は今、戦いの場としてではなく避難場所として解放されていた。会場内ではカイナとレインが、会場外では、レインが引き連れて来たであろう『月』の信者達と騎士団が交戦しており、そんな2つの戦いの板挟みを喰らった観客達は、地上から聞こえる戦闘の音に不安を覚えながら待機している。
ここまで避難誘導してきた騎士が、何やら町長と話をしている。
「つまりこの先に、町の外へ通じる道があると?」
騎士は確認するように町長へと聞く。
「そうです。昔の名残で、この場所に入るためには人目を憚る必要があったと聞いております。きっと、その時に作られたものでしょう。」
町長がそう言うと、騎士は安心したように肩を落とす。
「ならば、一刻も早くここを出た方がいいでしょう。いつまで安全か分かりません。私も同行したかったのですが、申し訳ない。上の加勢に行かなければなりません。この先はあなたにお任せしてよろしいですか?」
「ええ、もちろんです。お気をつけて行ってください。騎士団にご武運を。」
祈りを捧げるように町長が言うと、騎士は頷き、地上に続く階段を上っていく。
その騎士とすれ違うように、ユウヒとヨルカが階段を下りてきた。
「おー、こんな場所があったなんてなぁ。」
あまり感動を感じさせない声でユウヒが言う。
「今のところ、ここは安全みたいだね。よかった。」
安心したように、ヨルカがホッと息をつく。
場内では、避難してきた人々が各々、不安や安堵の声を上げてザワザワとしている。そんな中で、町長の声が響く。
「皆さん、これよりこの地下通路を抜けて、町の外へと脱出します!戦える者は最前方と最後方へ!女子供は、安全な中へ!絶対にはぐれないようにお願いします!」
その言葉を聞いて即座に観客達は動いた。特に手間取る事なく、町長の注文通りの形となった。ユウヒは最後方へと移動し、ヨルカは中ほどへと移動。お互い一旦離れる形になった。
「それでは出発!」
町長が言葉を発して、地下通路へと歩き出す。
カツカツと、足音を鳴らし地下通路を歩く…。
それは町長達とは別に、地下通路の奥から聞こえて来る。数は一つ。徐々に近づいてくる足音に、町長は「止まれ!」と声を出す。それは民達に向けられると同時に、向かってくる足音の主にも向けられていた。
最前列で控えていた男達が戦闘態勢をとる。
足音の主はとうとう姿を現す。黒いローブ、髪のない頭には三日月を模した刺青が入っている。
「こんにちはみなさん。さあ、戻った戻った。あなた方をこのまま行かせるわけには行きません。」
『月』の信者。その1人に間違いないだろう。町民は、先ほど闘技場で目にした男の事を思い出し、一層緊張感が高まる。
「なぜ、地下通路から…?」
流石の町長も動揺を隠せていない。
「あぁ、偶然ですよ。この町に来る途中、何やら怪しげな洞窟を見つけましてね?興味をささられましたので、探索してたんですよ。まさか、こんな所に繋がっているとは思いませんでしたー。」
微笑みながら、町長の疑問に答える。すると、戦闘態勢にある男達の1人が聞く。
「お前1人か?」
「えぇ、今回の部隊で私だけが発見しましたので。私だけが楽しませてもらいました。」
簡単に自分の現在の戦力をバラす男に、男達は「ならば、お前を倒して先へ行く!」と言い、一斉に飛びかかる。
「ああ、なんて…」
向かってくる男たちに応戦するために構えるわけでもなく、ただ棒立ちで眺める。
「血の気の多い人たちだ!」
次の瞬間、赤い風が巻き起こり、男たちを切り刻んでいく。
風属性の中で、火の特性を持つ赤い風。切り刻まれた男達は、全身に切り傷と火傷を被う。
「ぐあああああ!」
一瞬で体格の良い男達が吹き飛ばされた。その光景を目の当たりにして、町長は彼の言葉に従うしかなかった。
「…わかった。みんな、戻るんだ。」
町民達も、先刻の男達の状態を見て、素直に指示に従った。
地下闘技場へと引き戻された町民達は依然として、女子供を守るような形で『月』の信者と向かい合っている。さっきの風で傷ついた男たちは、ヨルカの力によって手当てされている。
「よかった。傷はあまり深くないわ。私達を殺すつもりはないみたいね。」
「すまねぇな。あんたらを守るつもりが、逆にこんな…」
謝る男にヨルカは首を振る。
「謝らないで。あの人、力の制御がとても上手いの。きっとかなりの手練れだと思う。負けたって、誰も文句は言えないよ。」
そう励ますヨルカの顔には、少し不安の色が浮かぶ。
「地上の戦いで我々が勝てば、あなた方は解放いたします。ただし、その時は、我々『月』の信者として力を貸していただきます。」
「ふざけるな!お前らのような犯罪者に力を貸すなど、出来るわけなかろう!」
町長が、男のふざけた言動に怒る。
「出来る出来ないの話ではありません。やっていただきます。拒否権はないですよ?町長、従わないなら、ここにいる者たちを殺すだけ…」
そこまで言って、彼の目は、治療中のヨルカを捉えた。
「…あぁ、わかりました。今すぐ、ここから解放してあげましょう。」
何があったのか、急にそんな事を言い出す男に、町長も町民もざわつき始めた。
「どういうことだ?」
「だから、解放してあげると言っているんです。ここで1000人近くの人間を殺してしまうのは、命を粗末にする行いですからね。いけませんよね。」
うんうんと頷く男。怪しくはあるが、一先ず、解放してくれることに安心する町民。
「ただ…、なんの代償も無しにあなた方を解放しては、私に何の利益も無い。そこでどうでしょう?女を『月』に捧げてくれませんか?女1人につき、100人解放しましょう。10人くれれば、みんな解放です。えぇ、とても良いとは思いませんか?」
狂気。その発言はつまり、10人犠牲にしろ。そういうことだ。そんな狂気を帯びた発言を、あの穏やかな微笑みから発せるこの男に、ユウヒは気持ちの悪さを覚えた。町長も、あまりの恐ろしい台詞に、声が出ない。
「あれれ?返事が無いですが…、沈黙は肯定と捉えて良いですか?でしたら、1人目はあの子が良いです。」
男が指を指した方向には、今も治療を続けるヨルカ。周囲の町民が一斉にそちらを向く。その視線に気付いたヨルカは顔を上げるが、状況がいまいち飲み込めていない。治療に集中していたヨルカはキョトンとしながら周りを見る。
「え?何?」
哀れみと不安の目。中には、早く行ってくれ、というような目もあっただろう。
「よろこんでいいですよ。貴方には宿主の才能がありそうだ。是非、我々と共に『月』へ。拒否権はありませんよ?あなたの選択で100人が死ぬかも知れませんから、ね?」
微笑みに邪悪さが宿る。ヨルカは自分の状況をようやく理解し、青ざめる。
「わ、わたし…?なんで…」
ヨルカはその場を立とうとしない。手当てされている男も、彼女を庇うために口を開くわけでも無い。一言、「ダメだ」と誰かが言えば、この空気は変わっただろうか。
町民達の視線は、ヨルカにしてみれば呪いである。徐々に、ヨルカの意思をを押し潰していく。ヨルカには、嫌だ、という言葉を発することは出来ない。それをすれば、あの男は容赦無く人を殺す。そんな気がしたからだ。
そして、周りの視線に押されて立ち上がる。自分が行かなければ100人死ぬ。半ば脅迫のような言葉が、ヨルカの意思を殺した。そんなヨルカの前にユウヒが、彼女を向いて立ち塞がる。震える肩を両手でそっと抑えてくれる。
「ユ…ウヒ…?」
「助けて欲しいって言ってくれよ。昔からお前は人の事を気にかけすぎだ。」
ユウヒを見るヨルカの顔は、今にも泣きそうだ。ユウヒはヨルカに笑いかけて安心させようとする。少し不安が和らいだように見える。
「あなたは、どちら様ですか?」
『月』の男は、ヨルカの前に立つ男を不機嫌そうに見つめた。ユウヒは男に向き合う。
「誰かなんてどうだっていいだろ?そっちだって名乗ってないし。」
ユウヒも不機嫌な声で返す。
チッと舌打ちをして、『月』の男が答える。
「申し遅れました。私は『月』の衛星、名をスノウ。」
「衛星?…幹部みたいなものか?まあいいや。『月』は無能力の女性を宿主にするって聞いたんだがな。」
なぜ、能力者であるヨルカを?そう聞きたいのだ。
「ほぉ、ご存知でしたか。たしかに、我々は無能力者を宿主としてきましたが、そうなると、子供には親の力が受け継がれることがありません。まあ、能力者だからって、必ず遺伝する保証も無いですが…。通常なら、能力者が宿主となることは出来ないのですがね。先日、能力者を宿主にする実験を行ったんですが、一瞬宿ったんですよ、月の子が。残念ながら定着はせず、母子ともに死んでしまいましたが、もし上手くいけば、強力な月の子を作ることができるのです。そこの彼女は、強力な力を持っています!力の強さは生命の強さ!彼女なら、『月』に大きく貢献してくれるでしょう!死なずに、月の宿主となる事が可能でしょう!だから欲しい!……ところで、あなたの名前は?」
ユウヒに向かって、再度名を問う。
「そうか。なら、余計にヨルカは渡せないし、ここにいる人も死なせるわけにはいかない。スノウ、あんたを倒せば、全部丸く収まるな?」
ユウヒが拳を強く握る。
「何言ってる!さっき見ただろ?あいつの強さは本物だぞ!?」
町長がユウヒの肩を掴み、考えを改めさせようとする。
「大丈夫っすよ。ここで引いたら、師匠に一生馬鹿にされるし、それに…」
ユウヒは町長から目を離し、ヨルカへ目をやる。
「ヨルカが犠牲になりかけた。だから、あいつを倒す。ヨルカを庇う事をしなかったあんた達に、俺を止める権利は無いよ。」
「ユウヒ…」
ヨルカの頬がほのかに赤く染まり、我慢していた涙がその頬を濡らす。
師匠という言葉を聞いて、町長がハッとする。
「そうか君は、レオルの弟子か。」
納得したように肩を掴む手を離し、今度は、ポンと手を乗せた。
「すまない。我々は弱い。奴に敵わないと、心が負けていた。だが、君は違ったんだな…。厚かましいとは思うが、この場の人々を助けてくれないか?」
ユウヒの目を真っ直ぐ見る。ユウヒはその目に、罪悪感が宿っているのを感じた。一度目を閉じ、スノウを睨む。
「もともと、そのつもりですよ。」
右手に炎を浮かべるユウヒ。それを見て、スノウも風を発生させる。
「町長、危ないから、みんなをもう少し離して。」
町長は頷き、町民へ指示を出す。
「ユウヒ!」
ヨルカが駆け寄る。
「ごめんなさい。私のせいで…」
申し訳なさそうにヨルカは俯く。
「ヨルカのせいじゃない。それに…」
少し恥ずかしげに、ユウヒが顔を背ける。
「一緒に来たんだし、帰るのも‥一緒の方が良いだろ?」
その言葉を聞いたヨルカは驚いたように口を開けた後、「うん!」と強く返した。
「ありがとうユウヒ。…無茶はしないでね?」
どこまでも人を気にかけるヨルカ。ユウヒは、その言葉に、ニッと口を開ける。
「頑張ってみる!」
その言葉を聞いて、やれやれと思いながらヨルカはその場を離れる。
「さて、お別れは済みましたか?えー、ユウヒと呼ばれていましたが、合っていますか?」
スノウは余裕そうにユウヒと対峙する。
「お別れ?なんでだよ。明日も明後日もアイツとは会うんでね。」
「そうですか。威勢はいいですね!威勢だけじゃない事を祈ります!本当は殺したくありませんが、うっかり殺しても仕方ないですよね!?ところで、名前はユウヒで合っていますか!?」
「そっちこそ、ガッカリさせないでくれよ!」
ユウヒは火の玉をスノウへと飛ばす。その火の玉めがけて、赤い風が飛んでいく。
「名前をお教え願いますうううう!!!!!」
「うおおおおお!!!!」
力と叫びがぶつかり、遂にユウヒの闘いが始まった。
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