第13話 襲撃 2
黒いローブの男。『月』の男。
現れた狂人から目を離せないユウヒは、周りが避難し始めても動かなかった。
「ユ、ユウヒ?私達も逃げましょう?ここは危ないわ。」
ヨルカが避難を提案する。しかし、ユウヒの足は闘技場の中央、あの男の下へと向き始めていた。
「ユウヒ?…どうしたの?」
不安そうにユウヒを見るヨルカ。その手は震えているようだ。
「ヨルカ、お前は先に逃げてろ。俺はアイツに用がある。」
ユウヒは真っ直ぐローブの男を睨む。あの男が主犯かどうかは分からないが、それが『月』の人間ならば、倒すべき敵なのだ。
「何言ってるの!?一緒に来たんだもの!逃げる時だって一緒のはずだよ!?」
泣きそうになりながら訴えるヨルカに、ハッとしたように向くユウヒ。ヨルカの目は少し潤んでいて、このままなら確実に泣いてしまうかもしれない。それほど、あの男が怖いのだろうか?
「安心しろよ。あんな奴、俺ならすぐ倒せるって。」
そう言って、ヨルカを安心させようとするが、ヨルカは首を振って、より強くユウヒの腕を掴む。
「そうじゃないの!ユウヒに怪我をして欲しくないの!ユウヒの顔、いつもと違うよ?怖いわ…。きっと、いつもみたいな怪我じゃ済まない!副団長様もいるわ!大丈夫よ!だから…ね?」
お願い、と目でユウヒに訴える。ヨルカは最初から、あの男の事なんて考えていない。ずっとユウヒの事を気にかけていたのだ。そうとも知らずに、ローブの男の事を考えていたなんて、まったく、今日1番に恥ずかしい。
これまで、何のために修行をしていたのか。守りたいものを守るためではなかったか?その志は、たとえ目的が出来たからといって、蔑ろにしていいものではないはずだ。ヨルカが泣きそうだ。誰のせいだ?自分のせいではないか!
ユウヒは一度深呼吸する。ゆっくりとヨルカに向く。
「そうだな。副団長に任せよう。…あとヤイチにも一応。ここを出よう。」
ヨルカがパッと明るくなる。
「うん!」
2人は避難する観客たちの群れを目指し、その場を離れる。
ユウヒたちがその場を離れた時、闘技場でも動きがあった。
カイナの剣はローブの男を横に真っ二つにするはずだった。
しかし、そうならなかった。カイナの剣は男に届く前に、白い刃に阻まれる。
いつの間に現れたのか、カイナと男の間には大きな剣を加えた四つ足の獣が介入していた。
「魔獣!?」
自身の速さに追いついたその獣に、流石の副団長様も驚きの声を上げる。
「ええ、私の可愛い魔獣ちゃあん!」
魔物の剣に弾かれたカイナは距離をとる。
「中々手こずりそうだな。」
ヤイチがカイナの元へ近づき、声をかける。
「私も戦います!」
「却下だ。」
ヤイチの申し出は即座に却下された。
「な、なぜです。戦力は多い方がいいでしょう?」
ヤイチがカイナに食い下がる。
「君の試合を見ていた。とても素晴らしい動きだと思ったよ。」
まず、称賛の言葉をかける。
「なら、どうして!?」
「素晴らしい程度じゃダメなのだ!」
「!!」
ヤイチは衝撃を受ける。持て余していた自信があっという間に地に落ちた。分かりやすく俯くヤイチに声をかける。
「そう落ち込むな。君は間違いなく、未来の戦力となる存在だ。私には、それを守る義務がある。だから…」
敵に注意しながら、ヤイチへ体を向ける。剣を持つ手とは逆の手をヤイチの頭へ乗せる。
「いまは退け。ここで命のやり取りをする必要は無い。そこの審判と剣士を連れて脱出しろ。君の力を見込んでの頼みだ。できるな?」
その言葉が、ヤイチが落とした自信を優しく拾い上げる。ヤイチは顔を上げ、カイナの問いに頷くと、脱出の準備を始めた。
「審判の人、その剣士を運ぶの手伝って下さい。私は左を支えますから、貴方は右を。」
審判は、部下を殺された衝撃から少し立ち直り、ヤイチの言葉に力なく頷く。そうして、ヤイチ達は会場を離れていった。
「逃げるとは!せめて、魔力くださああい!」
狂人は叫ぶと、全身から闇色の風を発生させて、ヤイチの方へと飛ばす。しかし、その風はヤイチへと届く前に、光色の水に阻まれてしまう。
「なるほど。お前の力は闇色の風属性か。触れた人間の魔力を奪う力。それを使って、剣士の彼から魔力を吸ったのか。」
「そういう貴方は光色の水属性…。相性はよろしくないですねぇ。」
狂人の風を阻んだのは、カイナの扱う水の力によるものだった。光色の水属性は闇を打ち消す効果がある。故に、単純な戦いであれば、狂人がカイナに勝つのは難しい。しかし、狂人はそのニヤニヤとした顔を変えない。
「相性ね…。お前の従える魔獣、そいつ、私のために用意したんじゃないか?」
距離はとっているが、一瞬で距離を詰めて来るような、そんな気迫を感じさせる魔獣を睨む。
「ふふ、そうですよお?貴方を殺すために鍛えましたからねぇ。とっておきなんですよお?あぁ、楽しみだあ。いま、会場の外も戦場になっているでしょう?必死に民を守る騎士団の皆様に、貴方の首を見せてやりたい!その闘志が!真っ黒な絶望になる瞬間が!見たいいいいい!!!」
その叫びと同時に、獣が飛びかかる!獣は首を横に動かし、咥えた剣を思い切り振るための動作に入った。カイナはその攻撃を真正面から受けるようだ。
剣を縦に構え、獣の振る剣の軌道を塞ぐ。振られた剣は勢いよく、カイナの剣へ衝突し、交わった剣同士が凄まじい音を発する。
「なっ!?」
なんて力だろうか。カイナの実力は半端なものではない。魔獣程度が首の筋肉だけで振った剣など、簡単に押し返せるはずだった!にも関わらず、剣が交わった位置から、互いの剣は動かない。拮抗しているのだ。
一体どうして?カイナはその答えにすぐ気付いた。獣の全身から緑色の炎がうっすら現れている。
「まさかこいつ…、負の状態で戦わされているのか!?」
緑色の火属性は灰状態の時に、全身の力を大幅に高める効果がある。この獣は、その力の恩恵によって、カイナと互角に渡り合っているのだ。
「いいでしょう?人ならば、痛くて耐えられない負の状態。獣なら、痛くても関係なーい!もし死んじゃっても、代わりを用意できちゃうものお!最強兵器だあああ!!」
心底嬉しそうに、天に両手を突き出す狂人。獣の発するグルルという鳴き声は、苦しみの現れのようにカイナは感じた。
「そうか、これが私を殺すための兵器か。あぁ、たしかに…強いな。」
ゆっくり、ゆっくりと押し負けていくカイナ。獣からは血が溢れ、飛び散った血が、カイナの顔へと付着する。
「可哀想に…。」
そう一言口にして、カイナは目を閉じる。瞬間、カイナの握る剣の刀身を光の水が覆う。その水は、カイナの剣に留まらず、獣の剣、そして体をも包む。
「いま、楽にしてやる。」
光の水に包まれた獣の体を焼く緑色の炎は、徐々に鎮まっていき、それに伴い、カイナの剣が獣を押し返し始める。獣の全身から発せられる緑色の炎が完全に消えたと同時に、カイナは、素早く二撃を入れた。
一撃目は、獣の剣を思い切り弾き、二撃目は、獣の首を綺麗に斬り上げた。
弾かれた剣はブンブンと勢いよく回り、カイナの横の方へと突き刺さる。それと同時に、獣の首と胴体が地へと落ちた。
それを眺めていた狂人は無関心そうに口を開く。
「あー、貴方ほどになると、水属性の特性である打ち消す効果が比較的薄い光色の水でも、灰状態を止めちゃうんですねぇ。」
水属性は何の色であろうと、打ち消す特性を持っている。その効果が1番大きいのが青色の水。レオルが使う力である。
光色の水は五色の中でも、打ち消す効果が弱い。本来であれば、負の状態を打ち消すほどの力は無いが、流石は騎士団の副団長、膨大な魔力によって打ち消す効果が底上げされていたのだ。
「さて、私を殺す武器はもう無いのか?」
狂人の顔が濁る。
「あー、仕方ないですねえ。私がお相手するしか、ありませんよねぇえ?」
髪をワシワシと掻きむしり、カイナを睨む。先ほどまでの気持ちの悪い笑顔は消え、異様なまでの冷たさが、その表情を覆う。
「申し遅れましたが私は『月』の衛星、名をレインと言います。本日は『月』の従順な信者達を引き連れ、あなた方を殺し、この町に『月』を広めようとはるばるやって参りました。」
カイナは眉をひそめ、剣の柄を握る手に力を入れ直す。
「衛星…、『月』の幹部がわざわざ出てくるとはな。そんなにこの町が欲しいのか。」
「ええ、それはもちろん。ご存知ありませんか?ヌスの町はハートの発展に大きく貢献した、力のある町なのですよ。今は、そんな力があるようには見えませんよね?ですが、我々がこの町を手にした暁には、その力を!蘇らせて見せましょう!そして、その影響は必ずこの国全体へと広がり、『月』の支配する真の国の姿を取り戻すのです!」
先ほどの冷たさを突き破る熱さ。自分の言葉が、まるで実現したかのような歓喜の表情。
カイナは思った。
間違いない。『月』の衛星ってのは
いや、『月』ってのは
本当に、救えない。
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