第12話 襲撃
対戦相手が出てくるはずの入場口からは、未だに剣士が現れない。ヤイチは既に準備万端で待っているが、5分待っても相手が出てこないため、その場に座り、ボーっとし始めた。観客達は待ちに待った決勝戦への期待と緊張が高まっていたこともあり、この状況に不満を漏らしはじめていた。
そんな声が聞こえてきたので、ヤイチは立ち上がり、審判へと近づく。
「何かあったんですか?」
審判はヤイチに向き合い、
「先程、部下を向かわせたのですが来ませんね。こちらも状況が全く分かっていません。」
そんな話をしていると、観客が沸いた。審判とヤイチはその反応を聞いて、相手の入場口を向く。
ちょうど、入場口から剣士が現れ、こちらへと向かってくる。やっと現れた対戦相手に、ヤイチは言葉を投げる。
「やっと来たな。てっきり逃げ出したかと思ったけど、ちゃんと戦う意志があってよかったよ。ここまでの相手はみんな、力を使う前に倒しちゃったけど、アンタは楽しませてくれるよね…?」
そこまで言って、何かに気づく。こちらに向かう剣士に闘志を感じない。加えて、その足取りはフラフラで、とてもこれから決勝を戦えるような相手じゃない。
「たす…け…」
掠れた声でヤイチに助けを求める。腕を伸ばし、すがるような手を空中で仰ぐ。観客達もその異変に気付き、ざわつく。
騎士団席の副団長はそれを見ると立ち上がる。
「あんた…一体どうした?」
流石のヤイチも相手を煽る事をやめて、心配の声をかける。
「た…す…」
男はその言葉を最後まで言う前にその場に倒れた。これではもう試合どころではないと、審判とヤイチが駆け寄る。観客のざわめきは一層大きくなり、大会を楽しんでいた雰囲気は一瞬で、不安へと変わった。
「おいあんた!しっかりしろ!」
ヤイチの呼びかけに返事は無い。「うぅ…」と言う呻き声が漏れるばかり。
「うーん。彼の魔力、中々に美味しかったですよ?」
先程、男が現れた入場口から、そんな言葉が聞こえてきた。
ヤイチはバッとそちらに目をやる。ペタペタと音を鳴らしながらそいつはこちらへと近づいてくる。同時に、何かを引きずるような音も聞こえてきた。そうして現れた人物はニヤニヤと笑いながら言う。
「決勝戦まで進む剣士となると、ここまで上質な味になるのですね。知りませんでした。」
黒いボロボロのローブを身に纏い、傷だらけの裸足でのそのそと歩く男は、片手で男性を引きずりながら尚も歩みを止めない。
「テッド!?」
審判が声を上げる。ローブの男が引きずる男性は、審判と同じような服を身につけている。きっと、彼の部下とはこの男性だろう。
「あぁ、お知り合いでしたか?すみません。魔力もロクに持っていなかったので…」
ボトっと、引きずっていた男性から手を離す。その場に倒れた男性はピクリとも動かず、代わりに大量の血を体から溢れさせた。
「殺しちゃいましたぁあ♪」
ヤイチはそれを見ると目を見開き、剣を構える。観客達はその光景を目にして、一斉に逃げようとする。
「落ち着いてください!騎士団の指示に従って!」
会場の中を警備していた騎士達が避難誘導を始める。副団長カイナは客席から飛び降り、ヤイチと審判のいる場所へ走る。
「おやおや、副団長様ではないですか。こんにちは。今日はとても晴れていて、最高にいい天気ですねぇ。私も機嫌が良くなってしまい、この場で貴方と交わってみたいのですが…いかがでしょうかぁあ?」
気色の悪い声色とニヤニヤと笑う顔、ヤイチは冷や汗をかきながら、それでも敵に剣を向ける。
「黒いローブ。やはり、『月』が来るというのは本当だったようだな。」
カイナは顔色を変えず、淡々と返す。その間にも、観客達は続々と避難を始めている。かなり順調なようだ。
「あー、そうだ。今日この場に来たのは私だけではありません。同士達も外で楽しんでいるでしょうね。」
それを聞いて、ヤイチはゾッとした。
「まさか、避難する観客を狙うつもりか!?」
ヤイチの声は少しの震えを帯び、木刀を握る手に力が入る。
「まさかぁ。彼らのいるこの町が欲しいのです。狙うだなんて…、ああ!!」
何かを閃いたように声を上げる。
「そうだそうだ。人が多すぎると管理しきれませんからねぇ。お利口さんは残しましょう。ただ…、おイタしちゃう方々には死んでいただきましょう。名案!なんと天才な!私!」
自身の狂った考えに、狂ったような愛情のある顔で賛同する。なんと恐ろしい自画自賛か。
「この町の支配。それが目的だな。」
カイナは変わらず冷静だ。
「えぇ、ですが、もしかしてその目的もバレていました?」
キョトンとしながら首を傾げ訊ねる。
「ああ。ハートの統治を崩すために、手始めにこの町を襲おうとした。ただ、この町の何処をどうやって襲うかはわからなかったのでな。剣の大会の行われる日に、ハートの騎士団が固く守る闘技場、加えて騎士団副団長の私がいるんだ。お前たちなら、喜んでこの場所を攻めただろう?」
つまり騎士団は、町への被害を闘技場だけに留めようとしたのだ。たとえ会場の人間が危険に晒されようとも。
「そのとーり!貴方や騎士団を殺せば、ハートの統治に決定的な綻びが生じる!我々『月』だけでなく、ゴミ同然の悪党どもも、ハートを潰すために動くでしょう!そうなったなら、我々が!新たにこの国を照らす光となりましょう!!」
先ほどよりも嬉しそうに奇声を発する。すると、カイナはニヤッと笑う。
「安心しろ狂人。お前達が国を統治する事はない。ここまで大がかりにお前らを釣ったのは、勝つ自信があるからだ。大勢の市民を危険に晒したのは、守りきる自信があるからだ。我々ハートの騎士団を甘く見過ぎだ!」
カイナは腰の剣を抜き、地面を思い切り蹴ると、一瞬で男の目の前に現れた。ヤイチには、瞬きしている間の出来事だった。
「はっっやいですねえええええ!!」
そんな称賛の声を上げる男を、真横に斬る。
心地よい剣の音が響いた。
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