第11話 剣の大会 3

 「結局ヤイチは、準備運動せずに終わっちゃったね。ずっとユウヒと睨み合ってただけだったし。」


ユウヒの隣で、2人の様子を見ていたヨルカ。しかし、彼女には、彼らの醜い罵倒合戦は感じ取れていない。


「なんでユウヒはそんなに疲れているのかな?」


よって、ユウヒの疲労の原因など分かるわけもなかった。


「へ、へへ。あいつきっと今頃疲れ切ってるぜ?しかも準備運動もまともに出来なかったんだ。これは…勝負…あったな。」


息を切らしながら言葉を口にするユウヒは、満足そうであった。そんなユウヒの頬をヨルカがつねる。


「もぉ、だから応援しに来たんだってば。そんな事言わない。」


「いだいで。」


ユウヒは頬をつねられて、喋りにくそうであった。


周りの観客達は各剣士の準備運動を見て、優勝予想を始めていた。様々な剣士の名前が上がる中、ただ観客席を睨んでいたヤイチは、名前が上がることはなかった。


そうして、いよいよ1試合目が始まる。いきなりヤイチの登場だ。準備運動時間に全く動きを見せなかったせいか、一体どんな動きを見せるのか、観客はヤイチを注目していた。


試合の規則は次の通り


1.中央に設けられた闘技場の外へ出たら敗北


2.試合には木刀を用い、力の直接使用は禁止


3.審判が続行不可能と判断した時点で試合は中止され、勝敗が下される。


4.木刀への力の付着は認められる




剣士にとって、武器への力の付着は戦いの場において必須である。この大会においての規則4は必ずしも行う必要はなく、過去にも、剣技のみで戦い抜いた剣士はいた。しかし、騎士団への入団を目指しているなら、この力の付着は自身の実力を示し、自分の利用価値を騎士団へ見せつけることに繋がるため、騎士団、まして中心都市ハートの騎士団がいるこの大会では、力の付着は必須であろう。


「よし、それじゃあ行きますか!」


と、両手で自分の両頬を叩き、気合を入れるヤイチ。対して相手は無言でヤイチに向き合う。その額には汗が浮かんでいる。


審判が両者の間に入り、声を上げる。


「これより、第一回戦を開始する!」


両者、剣を構えて、合図を待つ。


「ドキドキしてきたわ。ヤイチ頑張って。」


ヨルカは両手を合わせ、祈るように試合を見守る。


「…」


ユウヒはそんなヨルカとは違い、落ち着いているような、つまらなそうなそんな目で試合を見る。


「始め!」


審判の合図と同時に、男が力を発動する。男の木刀が、淡い赤色に光ったと思うと、次の瞬間、美しい炎が木刀を包む。そして、そのままヤイチの懐に直線的に潜り込む!あまりの速さに、会場が驚きの声を上げる。


完璧に懐を取られたヤイチ。そのまま男は木刀を振り上げ、その一撃はヤイチの顎に向かって伸びる。


しかし、その一撃は空を切り、今しがたまで男が潜り込んでいたヤイチの懐も男の目の前には無い。


一体何が?男はすぐさま敵を追うべく、辺りを見渡す。しかし、ヤイチの姿は闘技場の上には無かった。男が混乱していると、顔に影が被る。


その影を追い、空を見上げる。そこにはヤイチが木刀を振りかぶって落ちてくる姿が!


顎を撃ち抜かれる瞬間、それよりも速く上空へと跳んだのだ。その速さは、男がヤイチの懐へ潜った時よりも速く、観客達は声をあげる間もなかった。


男はポカンと口を開けて、ヤイチを見上げる。


「なんて間抜けな顔だよ!」


ヤイチの木刀が男の頭を捉え、そのまま地面に叩きつける!


「勝負あり!」


たった数秒、試合開始からたった数秒で勝敗は決したのだ。


ヨルカはその審判の判定を聞いて、ぱっと弾けたように笑った。


「やったー!ユウヒ、ヤイチ勝ったよ!」


「まだ一回戦だ。落ち着け。」


ヨルカを静めるようにユウヒが言う。


あまりの試合展開の早さに、観客達は数秒黙った後、盛大に歓声を上げた。ヤイチの相手の剣士は別に弱い者ではなかった。しかし、それ以上にヤイチは強く、その見事な戦いぶりに観客達は喜んだ。


「結局、力使わなかったな。」


ポツリと呟き、ヤイチは会場を去る。


その後も大会は順調に進み、剣士達の戦いぶりは会場を大いに盛り上げた。しかし、ヤイチのように圧倒的な試合をする者は現れず、観客達の中には、優勝候補にヤイチの名前を挙げる者もいた。ヨルカは、行われる試合を楽しそうに、手に汗握りながら見ていたが、ユウヒは少し違った。


「これ、本当にアイツ優勝しちゃうんじゃねーか?」


いまだにそんな事を言っていた。


「まだそんな事言っているの?いいじゃない、同じ師を持つ仲間がハートの騎士団に入るかもしれないんだよ?喜ばしいことよ。」


ヨルカは本当に嬉しそうだ。まあ、ヨルカにしてみれば、ユウヒ以上に付き合いの長い友人の門出になるかもしれないのだ。嬉しくないわけがないだろう。


きっと、ヤイチが騎士団に入ると決まり、この町を出るとなったら、ヨルカは笑顔で送り出すだろう。ヨルカは人の幸せを優しく笑ってあげられる子なのだ。


そんな彼女を見ていると、幾ら嫌いだとはいえ、ヤイチを貶めるような発言をすることが少しバカバカしく思えてくるユウヒだった。


大会も終盤となり、ヤイチは準決勝を難なく突破。残すは決勝のみとなった。ヤイチの対戦相手となる剣士を決める、もう片方の準決勝は中々白熱した良い試合となった。そうして決勝へと進んだのは、町でも3本の指に入る剣士であった。


決勝戦。先に闘技場へ現れたヤイチはまだまだ元気そうだ。


観客達の中には最初のヤイチの一戦の後から爆発的にヤイチを応援する人々が増え、彼女が会場に現れただけで、凄まじい歓声があがるようになった。


「ふふん。このまま決勝も速攻で終わらせてやろうじゃないか。」


チラッと、副団長の座る席を見る。


「まってろよ騎士団。すぐに、そこにたどり着いてやる。」


意気込みは十分。後は対戦相手が現れるのを待つだけだ。




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