第9話 剣の大会
「コケコッコー!」
外で飼っている鶏の声で目を覚ますユウヒ。窓の外には青い空が広がっている。
「いい天気だなあ。」
眩しそうに目を細め、ベッドから起き上がる。まだ冴えていない頭で、昨日の話を思い出す。
今の生活を続けるか、『月』を追うか、答えはほとんど決まっている。
俺は、この家を、町を出る。
目は完全に覚め、朝食の用意をしようと、自室を出て台所に向かう。居間への扉を開けると、すでに起きていたレオルが昨日と同じ場所に座っていた。
「おー、おはようさん。」
「師匠がこんな早くに起きているなんて、珍しいですね。何か予定でも?」
「いいや、なんとなく目が覚めちまったんだよ。」
レオルが背伸びしながら、ユウヒの顔を見る。その眼には迷いはなく、レオルは諦めたようにそっと息を吐いた。
「顔がだらしないな。さっさと洗ってこい。」
他に言いたいことはあったが、それを飲み込んで、別の言葉を吐き出した。ユウヒはそれに従い、洗面所へと向かう。その途中で床の本を蹴っ飛ばしてしまう。
「師匠、新しい家に住み替えたほうが良いんじゃないですか?」
散らばった本を積みなおしながら言う。
「馬鹿め。俺はこの家が気に入っているんだよ。引っ越すわけないだろう?」
そう、引っ越せるわけがない。レオルにとって、ユウヒと過ごすこの家は大切なものだった。10年間、ユウヒを育ててきたレオルには、親心のようなものが芽生えていたのかもしれない。そして、ユウヒは近いうちにこの家を去る。だから、余計にこの家を手放すことなどできなかった。
朝食が済み、レオルは散らばる本の中から一冊を取り出し、ユウヒに投げる。それを落としそうになりながら受け取る。
「これって…。」
ソレイユの日記。ソレイユは力を発見した偉大な人物であり、力の特徴や自身の見解を本に記し、世の中へと広めた。そんな彼の死後に見つかった日記には、日々の記録だけでなく、本に書かれていない力の情報が記されていた。その日記も本として売り出され、多くの人の手に渡っている。その中でも、レオルが渡した日記は主に、彼の休日の過ごし方について書かれていた。力についての情報はほぼ記載されておらず、物好きな人々のために存在するものだった。
「お前は、休日の使い方が酷いからな。それ見て勉強しとけ。遊びのない男は嫌われるぞー。」
「余計なお世話ですよまったく。…これからの俺にはそんな暇…」
目的に向かって最短最速で行く、そんな感じだろうか。手に持っていた日記を机に置こうとする。
「だからこそだ。昨日も言ったが、成功に手を伸ばすなら、手を休ませることを怠るな。ヒゲツはそれで失敗したんだ。」
数秒の沈黙。置こうとした日記を再び持ち直す。
「わ、分かってますよ。ヨルカとの約束の時間までまだありますし、ちょっと読んでみますよ!」
そう言って、そそくさと自室に引っ込むユウヒ。
父親と同じ失敗…それだけはいやだ。成功するからには完璧にだ。
そうして、熱心に日記を読むユウヒであった。
太陽が高くなり、気温が高くなってきた頃、ユウヒは夢中でソレイユの日記を読んでいた。
「へえ、魔獣って美味いのかぁ。」
気付けば、日記も半分を読み終えたあたり。紙をめくる手は止まらない。
「おまえ、そろそろ行かなくていいのか?」
いつの間に部屋に入ってきていたのか、ユウヒの真横にレオルが座っていた。
「うわああ!師匠!?いつの間に?」
「扉は叩いたぞ?それに気付かないくらい夢中だったみたいだが。」
面白いだろ?と言いたげに、ニタニタ笑うレオル。
「まあたしかに面白かったですよ。時間を忘れるくらいでしたから。…もしかしてそろそろ昼ですか?」
「そうだぞ。」
「…」
「…」
無言で見つめ合うこと10秒。
「やば!俺、昼前に着く予定だったのに!」
急いで部屋を出る。そのまま外への扉を開き、勢いを落とさず、走り去っていく。
「おうおう、走れ走れー!ヨルカを待たせないようになー!」
ユウヒの姿が見えなくなると、レオルはやれやれ、と家に戻っていく。
今みたいな日常を、お前は選ばないんだな。
昨日のことを引きずっているレオル。やはり話さない方がよかったかもしれないと、後悔している。
瞳に熱いものが込み上げてくる。誰にも見られてはいないが、必死にこらえる。
「さて、もう一眠りしようかね。」
実のところ、レオルは昨夜から一睡もできていなかった。ユウヒよりもユウヒのことを考えていた彼女は、ベッドの上をゴロゴロしているうちに朝を迎えてしまったのだ。
ユウヒの普段と変わらない様子を見て安心したレオルは、自室のベッドに横たわる。
とはいえ、そんな簡単にモヤモヤを払拭できるほど、人は強くない。それはレオルも同じで…
「すやぁzZ」
……
レオル。魔女の称号を手にした女。ただの人とは一味違うのだ。
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