第7話 醒める 2

 ガタっと、椅子から立ち上がるユウヒ。それは、仇が生きていることに対しての驚愕故。


「生きてる…。そうか、生きているのか。」


ユウヒの口角は少し上がっていた。それを見てレオルは軽く唇をかんだ。話したことを後悔しているのだろうか。


「…まあ座れ。」


ユウヒは我に返り、椅子に座りなおした。


「それにしても、なんで組織がわかったんです?」


ユウヒが問いかける。聞かれることがわかっていたのか返答はすぐに返ってくる。


「それは、この指輪をお前の母に渡した人間に関係してくる。つまり、お前の父親だ。」






 22年前の話だ。その男はヒゲツという名前で、当時18歳だった。俺の弟子であり、優秀な青色の炎を扱う男で、いい笑顔の持ち主だった。彼の住んでいた村は貧しく、村人同士助け合いながら生きてきたそうだ。ある夏、雨が中々降らなかったその村を訪れた俺は、多少だが、力によって村を助けたんだ。ヒゲツと出会ったのはその時だった。


俺に弟子入りしたヒゲツは、人を助けるために力を学ぶといっていた。その志は、彼の故郷によって生み出されたものだろう。とにかく優しく、独立するまでに多くの無茶で、多くの人を助けていったんだ。


2年後、20歳になったヒゲツは独立して、あちこちで貧困や災害に苦しむ人を助けたんだと。その中で、あいつは『月』に関しての情報を手に入れたんだ。


力を持っていない若い女を攫い、怪しい儀式を行っている。ただの噂として広まっていて、存在するかも怪しかった組織だったが、あいつは噂とはとらえなかったんだ。困っている人を助けたいと、必死になってあちこち探しまわって、ようやく『月』のアジトを見つけたんだ。そこから、あいつが「月崩し」と呼ばれるのは早かった。奴らのアジトを見つけては潰し、構成員を殺し、そこに捕らえられていた若い女たちを次々助け出したんだ。


だから、ヒゲツの活躍が俺の耳に届くのは早かったし、『月』の奴らがヒゲツを恐れているって話が入ってきたときは愉快だった。そのころにはもう『月』は単なる噂じゃなく、明確な脅威として国中に知れ渡っていたんだ。きっと、あいつが助けた人たちが伝えていたのだろう。


あいつが人の役に立っていたことはうれしかったが、それと同時に、自然の脅威の被害者を助けていたやつが、人為的な脅威、加害者を殺すことで人助けをする人間に変わってしまったことが悲しく思えたんだ。


1年後、ヒゲツは急に俺の元を訪ねてきた。てっきり、『月』を潰すのにあちこち走り回っていたと思っていたから、その来訪には驚いたよ。少し、痩せたような印象を受けたな。


ヒゲツは、近いうちに結婚すると言っていた。人のために生きてきたこの男が、自分の幸せを手に入れる。それがとてもうれしかった。


そして、そのための指輪の制作を俺に依頼してきたのだ。指輪なんて作ったことなかったし、断ろうと思っていたんだが、あいつの真剣な顔を見たら、自然と引き受けてしまっていた。そこから一週間、国中を行ったり来たりして素材を集め、知り合いの鍛冶屋なんかに聞いたりして、とうとう完成したのだ。熱を加えても変形することは無く、象に踏まれたって潰れないし、どんな上位の風使いだとしても傷の一つもつけられない、そんな最強の指輪を作ったのだ。


使った素材の影響か、見事に真っ赤な指輪であった。ヒゲツに見せると、それはそれは嬉しそうで、こっちまで笑顔になったものだ。ここまで頑張って作ったのだ。これを送られるヒゲツの妻は幸せ者だと、自画自賛していたのだが、その時に気付いた。彼の妻について何も聞いていないことにな。


普通、指輪を作るなら、それをはめる者の趣味嗜好に合わせるものだ。だっていうのに、俺はそれを聞かずに、挙句に指輪の大きさすらも自分で勝手に決めてしまっていた。


そのことについて謝ったのだが、ヒゲツは笑っていた。変わってしまったと思っていたから、独立する前とまったく同じ笑顔であったことに少し安堵した。終いには「これがいい」なんて言う始末。


その日はもう日が暮れてきていたので、ヒゲツを家に泊めることにした。お気に入りの酒をふるまってやったが、奴は、不味いと言って、顎を突き出していた。それが面白くて、今も覚えている。


いろいろなことを話した。これまでの活動のこと、面白かった町のこと、これからのこと、妻となる女のこと。


特に、自分の妻になる女のことを話すヒゲツは幸せそうだった。それと同時に、何か他の感情もうかがえたが、よくわからなかった。


「あいつは真っ白なんです。なんにでも染まっちまいそうで、何もかも塗りつぶしてしまいそうな、そんな白なんです。だから、この指輪が、この赤が、あいつの標になると信じているんです。あいつが自分を失くさない為の。」


その言葉は優しく、温かく、ここにいない愛する者へ丁寧に向けられていた。


「次は、その嫁も連れてこい。お前の酒を飲む顔の面白さを、俺が教えてやる。」


ヒゲツは目を丸くして、続けて笑った。


「勘弁してくださいよ、師匠。」


その翌日、ヒゲツを見送った。また逢う日を楽しみにしながらその背中を見送った。それから「月崩し」の話は俺の耳に入らなくなった。きっと今頃、どこかでニコニコ暮らしているんだろう。9年後、オモンの森で指輪を拾うまでは、また会えるもんだと…、そう信じていたんだがな。


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