第3話 鎮火

 「痛っ!」


 全身に走る痛みで、ユウヒは意識を取り戻した。先ほど息をひそめたはずの炎が、ユウヒの体を薪にして燃えている。


「な、なんだこれ!?なんだよこれ!?」


最初の疑問は全身をむしばむ炎に。二度目は、この場の惨状へ。かつて森だったはずのものが、今は一面、火の海になっている。


「どうして…?」


どうしてこんなことになったのか。ユウヒ自身が引き起こしたことだが、自覚はないようだ。辺りをぐるりと見まわした後、もう一度疑問をつぶやく。


「どうして…こんな場所にいるんだ?」


おかしな疑問である。森は燃え、熱風が吹き、太陽がジリジリと照る。彼が過ごしてきた森とは似ても似つかない場所と成り果ててはいるが、その変化の瞬間を、彼は見ている。彼が抱く疑問として「こんな場所にいるのか?」なんて言うのは、まるで赤の他人のような冷たさではないか?少なくともユウヒは、自分と母親の思い出の詰まった場所を「こんな場所」などとは呼ばない。となれば、考えられる理由は一つ。ユウヒは記憶を失っている。


母親をまだ救えるかも、そう思ったにもかかわらず黒焦げにしてしまった衝撃のせいか?炎の力を酷使し、体への負荷が多大だったためか?あるいはどちらもか。すべての記憶を失っているのか?一部は残っているのか?なんにせよ、いまのユウヒは、目が覚めたら体を焼かれているという地獄そのものの中にいた。


「熱い…。苦しい…。たす…けて。」


幼い体は、その場にひざまずき、虚空へと手を伸ばす。やがて、視界はぼやけ、再度意識を失うと、体中を炎に侵されながら倒れた。



 オモンの森は、自然豊かな場所であり、人の手がほとんど入らない場所でもあった。ゆえに生命が豊富で、様々な動物が暮らす場所であった。その故郷が火の海となり、住んでいた動物たちは、その海に溺れまいと必死に逃げていた。すべての生き物が森の外へと走る中、森の中へと向かっていく影が一つ。


丸く、雲のように柔らかそうな帽子を頭に乗せ、紺色の長いマントと、長い銀髪を風になびかせ、下駄をカラカラと鳴らして歩くその女は、広大なオモンの森を、迷わずに進む。進めば進むほど、漂う空気は熱く、汗をかいていく。そうしてようやく、その熱の中心、真っ赤な炎が燃え盛る地獄へとたどり着いた。


もともとそこには家があったが、それを証明してくれる木材や家具は既に燃え尽き、跡形もなく消えてしまっている。この地獄の中で、ひときわ赤く燃える影を、彼女は見つける。体に少し力が入る。身構えながら近寄る。


「…子供?」


体に入っていた力を抜き、膝をつく。ユウヒの全身をざっと見ると、いたるところからの出血が確認できた。しかし、それと同時に、体から発せられる炎が自ら作った傷を焼き、その傷口を塞いでいる。


「運がいいな。意図してはいないだろうが、応急処置にはなっているぞ。だが、これでは…。」


まるでもぐら叩きだ。そう思いながら、燃え続けるユウヒの頭上に右手をかざすと、次の瞬間、ユウヒの全身を青い水が包み込んだ。ユウヒの表情は苦しそうだ。


「力を初めて使ったのか。きっと誰からも教わらなかったのだな。」


ユウヒを水で包んで数秒後、ググっと音を立てて、パーンと水が弾けた。水が消えた後は、ユウヒを焼いていた炎は消え、ユウヒの表情も先ほどよりも穏やかになっていた。ユウヒの容体は落ち着いたが、依然地獄であることには変わりない。女はそんな中、ホッと一息つくと、ユウヒを抱え立ち上がる。そして周りを見渡す。本来ならば、そこいらに死体が転がっていたはずだが、そちらは跡形もなく燃え尽きてしまっている。


「他には何もないかな…うん。少年、安心しろ。お前は俺が助けてやる。目が覚めたら、しっかり感謝してくれよ。」


笑みをこぼしながら、目覚めぬ相手にそう言うと、女は来た道に向かい歩き始めようとする。その時、下駄に何かが当たる感触を感じた。何だろうかと足元を確認すると、それは真っ赤な指輪であった。女は一瞬目を大きく見開き、そして、その指輪を拾い上げる。


「そうか…。この子はお前の…。」


そうつぶやき、指輪を懐にしまうと、今度こそ、森を出ていく道へと歩いていった。


オモンの森を焼く炎は、森をすべて燃やした後、満足したかのように消えた。


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