第34話 師匠が逃走したので仕事を回されました

 

 久世師匠くせ せんせいが逃亡したので私達にお鉢が回って来た。厄介な。

 宥子ひろこをその気にさせるべく、彼女のお気に入りのブランドミュンミュンmyun myunのトートバッグを渡す。

 「めっちゃ可愛い♡よく買おうと思ったね。最低でも16万くらいするのに。でも、ありがとう!」

 このミュンミュンmyun myunのトートバック、実は久世師匠くせ せんせいが買って一回も使わなかった品なのである。半額の値段で買い取った物だ。お金も共同から出しているので私には痛手はない。

 「よし、受け取ったね。お仕事の時間だよ」

 トートバッグを手にニヤニヤしている宥子ひろこに向かって、私は良い笑顔で宣言した。

 「……凄く嫌な響きなんだけど。それって、久世くせ師匠絡み?」

 「うん。今日、咲弥さくやさんからメールが来てた」

 以下のメールの内容が、これだ。


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件名:久世バカが失踪しました

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咲弥さくやです。

急ぎの案件があります。

命の危険はありません。

以下の住所まで行って来てください。

いつものお仕事です。

集合時間:10時(時間厳守)

集合先:S県K市〇〇町1-9-33□□ビル4F

依頼人:冨田馨様(40代・女性)

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 私が無料ただで高級ブランドであるミュンミュンmyun myunのバックをあげるわけがなかろうよ。

 「一応聞くけど、ミュンミュンmyun myunのトートバッグは報酬の前払いだったりする?」

 「いや、全然関係ないよ。それは、私が用意したし。受けるなら、仕事料とは別に迷惑賃が支払われるだろうし」

 私の言葉に、宥子ひろこの顔が曇る。

 まぁ急ぎの案件は、良い思い出が無いからそれが分かっているんだろう。

 「霊的なものか、人かくらいは書いて欲しい。」

 「多分、どちらも含まれている可能性があるから、書かなかったんじゃないかな?」

 久世師匠くせ せんせいの仕事は多岐に渡る。

 占い師が本業だと言い張るが、お祓いが本業になっていると思う。咲弥さくやさんがお祓いや呪具作成などの依頼を引き受けてくるのだ。

 業界内ではそれなりに有名になっているのは彼女の手腕と久世師匠くせ せんせいの実力によるものだろう。

 私と宥子ひろこは縁切り・縁結びの力を借りるために単発の高額バイトで雇われているのだ。

 一人での仕事はあまりなく、いつも二人セットで仕事が回ってくる。

 「こっちに滞在している期間中に終わらせたいね。」

 「そうだね。早くサイエスに行って素材集めしたい。」

 「しかし、久世くせ師匠は何で逃亡したんだか?」

 「咲弥さくやさんが、余りにも仕事しないからってゲーム一式捨てたからさ。多分、ストライキみたいだよ。」

 「学習能力が無いね。本当に懲りないと言うか…」

 咲弥さくやさんは、久世くせ師匠のビジネスパートナー兼秘書をしている。

 お金に対してシビアだけど、失敗しても成功しても提示した報酬は必ず払ってくれる。

 私達に回される仕事の大半は、悪縁を切り良縁を結ぶことだ。

 必ずしも成功するわけではないし、相手によっては本人以外の身代わりが必要になる場合もある。

 「特に時間指定は無いけど、今から向かうって咲弥さくやさんにメール入れておけば大丈夫かな?」

 「容子まさこ、追加情報で依頼内容の詳細をメールで送って貰って。」

 「OK。その内容でメールした。」

 「その間に、出かける準備をしよう。」

 ブラックのリクルートスーツに袖を通し、髪をセットし化粧を施す。童顔故に新卒の新入社員に見える。もっと威厳が欲しい。

 「蛇達カルテットは、留守番かな。部屋を荒らされないか心配だけど」

 蛇ちゃんズに加えサクラや楽白らくはく達の行動範囲は以前より広がった。宥子ひろこは彼等が悪だくみをしないか心配しているのだろう。

 置いて行くことに抵抗があるようでジットリと彼等を見つめている。

 「拡張空間ホームに入って貰えば良いんじゃね?咲弥さくやさんから、連れて行くように追加で指示が来てるし」

 不安材料は無くしてあげようと提案する。久世師匠くせ せんせい咲弥さくやさんは異世界に興味津々だ。宥子ひろこの獣魔になっている蛇ちゃんズやサクラ、楽白らくはく達が念話で意思疎通が出来ることを知った途端、今回の同行を指示したのだ。

 宥子ひろこは急遽拡張空間ホームに憩いフォルダを作り、宥子ひろこフォルダに収納していた使っていなかった炬燵と座布団を出し、テーブルの上には水を用意した。

 浅い収納ボックスにペットシートを敷いた物も設置する。

 「呼ぶまでは、ここで待機すること!」

 <食いもんが無いで?>

 <水やなく酒が良えわ>

 <甘いのが食べたいですの~>

 次から次へと要望が飛んで来る。

 楽白も必死に両手を挙げてフリフリダンスを披露している。

 「Milk fudgeミルクファッジを置いて行くから、一人二個までな。」

 私がお菓子を与えると文句を言う癖にと思いつつ、仕事で力を借りるかもしれないので黙っておくことにした。

 <やったー! お菓子ですの~♡>

 サクラはテーブルの上をピョンピョン飛び跳ね、楽白はキシャキシャッと歓喜の声を上げている。

 蛇二匹は不満そうな顔をしているが、文句を言うと没収されるのが分かっているので無言を貫いている。

 「宥子ひろこ、そろそろ家を出ないと間に合わんよ。」

 「了解。交通手段は?」

 「タクシー手配した。交通費出るし」

 デリバリー・シャーマンが契約しているタクシーを呼んである。宥子ひろこのことだ、タクシー代の心配をしていると思うが、経費で落ちるので問題はない。タクシー移動は時間短縮もだけれど、一番の目的は迷子防止なのだ。

 私たちは裏口から出て、門の前に駐車したタクシーに乗り込み、依頼人の冨岡さん宅に向かった。



 高速を使って車で一時間ほど走り、目的地に到着した。

 日曜日だからか、オフィス街には人が閑散としている。

 □□ビルから感じる淀んだ空気に、私は嫌そうに顔を顰めた。

 タクシー代を払い、車から降りてビルの裏口に回り、エントランスでチャイムを鳴らす。

 インターホン越しに、疲れ切った女性の声がした。

 「はい、どちら様ですか?」

 「デリバリー・シャーマンの琴陵ことおかユウコと申します。冨岡薫さんは、いらっしゃいますでしょうか?」

 デリバリー・シャーマンは、久世くせの屋号である。

 バイトした当初、盛大に噴き出して久世師匠くせ せんせいに拗ねられた過去を持つ。。

 この手の仕事をするときは、偽名を名乗るのが通例だから宥子ひろこにも偽名を名乗らせている。

 「貴女が、久世くせ先生ですか?」

 私を見る依頼者に

 「違います。私達は、弟子です」

 即答で否定する。

 こんな小娘が解決出来るのかと懐疑的な顔をされたが、咲弥さくやから送られてきたメールを開示すると頼む気になったようだ。

 「何があったのか、詳しい話を伺いたいので中に上がらせて頂いても宜しいでしょうか?」

 「ええ、どうぞ」

 冨田に促されて、ビルの中に上がり込み応接室に通された。

 お茶を出して貰っている間に、宥子ひろこが拡張空間ホーム内にいるカルテットを呼び出し、ビルの中を調べるように指示を出していた。指示を受けたカルテットは散開していった。

 「私どもを頼ったという事は、霊障で悩まされて困っているという事でしょうか?」

 視界の端にチラチラ見える、子供やお年寄り、身体が潰れた貞子のような奴らが見える。

 宥子ひろこの言葉に、冨岡がポツリポツリと呟きながら起こった怪異を説明してくれた。

 「駅からも近くて家賃も安かったので飛びついて契約したのがいけなかったんです。後から知ったんですが、元々病院の跡地に建てられたんです。二十人いた従業員は、お化けを怖がって辞めていきました。今では、四人しかいません。何とか仕事を回していますが、これ以上人手が減ると会社を畳むしかないんです。ここにいるお化けを何とかしてください」

 「場所が悪いですからね。一時的な対処と、永続的な対処は方法が異なります」

 さてさてどうしたものか、幽霊からは、害意を感じられない。

 祓ったところで、陰気な場所だから新しい幽霊が棲みつくだろう。

 その場しのぎの方法で解決するのは無理がある。

 この考えは宥子ひろこも一緒だろうなと思った。

 「まずは、ビル全体を見て回っても良いですか?」

 「他の階は、閉まっています。このフロア内であれば、自由にどうぞ」

 「ヨシコは水回りから、私は非常階段から見回るでOK?」

 「了解。あの子らは、どうする?」

 先に偵察させているカルテットを宥子ひろこに確認を取った。

 「見つけ次第回収宜しく」

 「了解」

 「あ、あの! 私も同行して良いですか? ここに一人でいるのは怖いんです」

 震えたか細い声で力なく主張する冨田を見て、宥子ひろこは二つ返事で了承した。

 宥子ひろこはすかさず念話で指示を飛ばしてきた。

 <容子まさこは、カルテットの回収を最優先にして>

 <了解。回収したら拡張空間ホームに入って貰うわ。報告は、念話でOK?>

 <それで構わないよ>

 私は散らばったカルテットを回収しつつグルリとフロアを一周して来た。

 ビルが霊場になっているので幽霊が沢山居た。悪意を持っている存在も居たのできっちりと祓っておく。

 フロアを一周して戻ってきたところで、宥子ひろこと合流した。

 「そっちは、どうだった?」

 「老若男女問わずにいるね。身体の一部だけ出て来る奴もいるよ。」

 <後、カルテットの話だと悪さする奴は、手だけとか、足だけとかの奴らだけだって>

と追加報告をする。

 「やっぱり! このビルは呪われているんだわ」

 一人怖がる冨田を、私はまあまあと宥める。

 「一番の解決方法は、このビルから引っ越すことです。」

 「それが出来たら苦労しません。お化けが出る以外は、好条件な物件なんです。引っ越すなんてありえません。」

 想定内の答えで、宥子ひろこは第二の案を提示する。

 「冨田様の会社は、人手が足りないんですよね?なら、ここに居座る幽霊達に仕事をさせましょう。」

 「「は??」」

 宥子ひろこの突拍子もない提案に、冨田だけでなく私までもがあんぐりと口を大きく開けてしまった。

 「人件費0円ですよ。扱き使っても、相手は死んでいるので馬車馬のように一日中働かせることが出来ます。冨田様は、家主のようなものです。店子ゆうれいに不法滞在した家賃分を労働で払わせれば解決します。」

 鬼だなお前。

 「……鬼畜だな」

 「縁切りしても、別の奴が棲みつくだけだもの。敵意は無い幽霊だけ縁を結んで、それ以外は、お前が縁切りすれば良い。辞めた人の分まで働いて貰えば、お金も掛からず仕事も捗る。一石二鳥でしょう。」

 宥子ひろこの主張に、私は困った顔になり念話を飛ばした。そんな突拍子も無い話が成功するのだろうか?失敗して愚痴られたらどうするんだ!?

 <そんな事して、本当に解決するか?>

 <話を聞く限り仕事に忙殺されているっぽいし。幽霊に無理矢理仕事を手伝わせれば、相手が嫌気を差して逃げ出す。縁は、細く薄く結ぶよ>

 宥子ひろこの言葉に一理あるなと考え直し

 <それは、ありうる。宥子ひろこが結んだ縁以外は縁切りするね>

了承の返事をする。

 <宜しく>

 大まかな作戦が決まり、まず私がビルに憑いた霊の縁を切る。

 次に宥子ひろこが無害で働けそうな奴と冨田の間に、薄く細い縁を結んだ。

 「終わりましたよ。」

 「これで終わりですか?御祈祷とか、お経とか唱えないんですか?」

 いや、そもそも私達は祈祷師でも僧侶でもない。

 ちょっと不思議な力を持ったただの人間である。

 「悪い霊は散らしましたが、場所が場所なんで戻って来る可能性が高いですよ。私としては、引っ越しが一番手っ取り早くて縁が切れるので良いんですがね。冨田様には、その気がないようなので上手く霊と付き合って下さい。これだけ強い霊場なら、幽霊でも書類作りや雑用・掃除くらいは出来ます。幽霊はパワハラで対応すれば、根性の無い奴から消えていきますよ。ああ、手や足しかない奴は手で殴っても良いし、蹴り飛ばしても良いです。何の役にも立ちませんから。もし、どちらも嫌ならこれを差し上げます。そこの壁に生えている手を見かけたら、こういう風に叩き落として踏んで下さい。」

 実践とばかりに宥子ひろこが30cmの木製定規でバシッと壁から生えた手を叩き落として踏みつける。

 手の痕だけが残り、嫌な気配は散っていった。

 「踏むという行為は、踏んだモノの動きを封じる意味もあります。簡単な対処法です。私どもの仕事は、これで終了となります。」

 「私は、霊を何とかして欲しいと頼んだんですよ!!」

 憤慨する富田に宥子ひろこが淡々と

 「最初に申し上げましたよね、場所が悪いと。一時的に散らしても、直ぐに元に戻るともお伝えしましたし。永続的な対処法をお教えしたでしょう。後は、気を強く持ってご自身で対処するしかありません。では、失礼します。」

言い返し撤収宣言した。まあ、これ以上此処にいても何も出来ることもないし、祈祷をして欲しいのなら神社などに頼めば良いのだ。やることはやったので文句を言われる筋合いはない。

 私達はさっさとこの場から立ち去り、咲弥さくやに今回の対応と富田からクレームが入るかもしれない旨をメールで伝えたのだった。

 しかし意外なことに後日、クレームではなくお礼の電話が久世師匠くせ せんせい宛てに入ったそうな。

 何でも納期が重なり、精神的に限界を超えた社員達が、一切の躊躇なく幽霊を扱き使って乗り切れたのだと。

 それが切っ掛けで、今では霊を気にしなくなったらしい。

 無事一件落着である。

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