第26話

 ほんでついこの前。冬休みが終わったばっかりの時。

 お父さんが旅行に行ってる日ぃ。


 うちが帰ってきたら家の前に宅配便のトラック止まってたん。荷物来たんかな思いながら玄関へあと一歩のとこで、中からお母さんの声がして。

『何遍言われても無理です。もう娘が帰って来るよってに帰って下さい!』


 そしたら、『承諾してくれるまでは帰れん。来月の十日や。ええな? 一時の特急やで? もうこれ以上は待てん!』とか何とか。


 あの人が来てるんや、て直感して、うち、どきーっとした。宅配業者装って来たんやわ。


 せやからドキドキしながら玄関の外で『ただいま!』言うて戸開けた。


 そないしたら玄関で二人とも何でもない風装うてたけど、お母さん明らかに目ぇ泳いでた。


 その人が物足らん感じに『では失礼します』て出ていこうとした時、うちとすれ違うたけどうち、やっぱりよう目ぇは合わせへんかった。その人からの視線は感じたような気ぃした。


 うち、ずっとドキドキしてた。今までと何か違うもんを感じ取ってたんや思う。だって宅配業者のふりしてまで家に来るやなんて普通と違うやん。


 お母さん、奪われるんちゃうかていう気ぃがした。駆け落ちするんかいう嫌な予感。

 で、お母さん自身も満更やないんちゃうか、て。迷てる感じはあったけど、それは世間体とかに引っ張られてるからや思た。


 そう思たら身ぃがすくんだけど、でもお母さんがそうしたいんならそうしたらええ、て開き直った。


 そんで戸籍を確認しに行ったん。お母さんがおらんようになるんやったらこれからは本格的にうちが代わるつもりで。


 ……せやのに……せやのに……。ほんとのお父さんやった……。


 お母さんを憎たらしい思た。


 せやから、ちょっと意地悪したろ思たん。


 あの人が言うてた十日て今日やん。お父さん、今朝、九州から帰って来たん。うち、朝からお母さんのこと注意して見てたん、いつも通りのふりしてたけど、そわそわしてるん分かった。


 で、帰ってきたお父さんがお風呂入ってる隙に出ていったん。まさか思たけどほんまに。ボストンバッグ持ってたから。


 うちはそれをドキドキしながら盗み見してた。


 そんで、お父さんがお風呂から上がってから言うてやったん。お母さん、駆け落ちしたで、て。一時の特急や言うてた、て。この前、あの人、家に来たんや、て。


 そしたらお父さん、見る間に血相変えて……。あないに激高するやなんて。目ぇ覚まさすつもりなだけやったのに。


『なんやて!』言うて家を飛び出そうとするから、うち、お父さんに縋ったん。


『もうやめて、お父さん。お母さんのことはもう諦めて。うちがおるやん! なんでうちじゃあかんの? うちがお母さんの代わりになる』言うて、うち、素肌にガウンだけ羽織ってたからそれを脱ごうとしたん。脱いだらちょっとは大人になったとこ見てもらえるやろ?


 せやけどお父さん、『何アホなこと言うてる!』て、うちを押しのけて行ってしもたん……うちのことなんかちっとも見んと」


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