第24話

「あんな」


 言うて、あの子は始めたわ。


「お父さん、うちの本当のお父さんやったん……。うち、戸籍見に行ったん。そしたら何もおかしいとこなかった。うち、両親が結婚してから一年半後ぐらいに生まれてた……変やなぁ、一年も経たんうちに生まれたんや思てたのに……。


 目の前真っ暗になったわ。本当のお父さんやないて信じてたのに。そこにせめてもの希望見てたのに。ほんとのお父さん相手にこないな気持ちなんて、絶望でしかないやん! それまで養父やとしても引け目感じて苦しかったのに、もうほんま最悪!

 

 ……そしたら急にお母さんのことが憎らしなって。お母さん、あないにお父さんに思われてるくせに心はまだ昔の恋人にあるんよ! うち知ってたんやから!


 初めて『その人』のことうちが知ったんは小三の時やった。お父さんおらん時の夜に電話かかってきたん。初めはお母さん、びっくりしたみたいやけど感極まったみたいに『ほんまに何年ぶりや』とか言うてたん覚えてる。その後もなんや雰囲気が華やかな感じしてたから、なんかええことでもあったんかな、思てたけどあれはお母さんの昔の恋人からやったんやわ。


 その後も時々電話が来るようになって。絶対にお父さんおらん日ぃていうことと、お母さんの雰囲気からして、同じ人からなんやな、そしてから、あの人はお母さんの昔の恋人なんやな、いうのがだんだんわかっていったん。


 せやけどな、目ぇ潤ませて懐かしそうにしてたんはほんまに最初の方だけやった。次第と、『今更そんなこと言うたかて遅すぎや』とか『……あの時に聞きたかったわ。なんであの時に言うてくれへんかったん』とか『もう昔話や、過ぎたことや、ええ思い出のままそっとしといて』とか……。電話口でお母さん、なんや涙ぐんでたり切なそうにするようになって。そのくせ電話には出て相手するんやから変やろ? お母さん、うちには知られんようにしてたつもりやったみたいやけど、ばればれやったよ。


『電話、誰やったん? お母さんの昔の恋人?』て、うち聞いたことあったん。そしたら『嫌やわこの子、何言うてるの』てはぐらかしてたけど、そんなんて分かるやん? 女の子の勘てあるやろ? お母さん、辛そうにしてる割にはそないな時は妙に色っぽかったし。


『……アホなことを! 冴子は主人の子ぉです』

て電話で言うてたこともあるんやし、もう決定的やん?


 うちはあの時まだ小さかったけど、ああこれはお父さんには言うたらあかんことなんやな、ていうのと、お父さんがあないにお母さんに執着する理由が何となく分かった気ぃしたん。お父さんはあの人の影にいっつも嫉妬してたんやな、て。


 お父さんが娘のうちよりお母さんばっか大事にするんも、うちがほんとの娘やないからなんやな、て思ったん。小っちゃい時からなんやひっかかってたことの答が次々出た感じした。


 うちの名前、お父さんがつけたんやけど美冴の子やから冴子やなんて安易すぎる思わん?

 そこからも分かるやん、お母さんのことばっかなんやな、て。

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