第21話

 そこでうちは自分が冴子を困らしたことに気ぃついて、


「ごめんな、冴子のこと困らすつもりはなかったんやけどうち一人で抱えるんは重すぎやったから……。ごめんな、ごめんな、同性にこないなこと言われたらびっくりするよな」


 そしたら、


「ええ? いずみちゃん……うちのこと? ほんまに?」


 てあの子は目を丸うにして言いました。せやからうちは、どうにかそれを払拭せな思て食い気味に言うたと思う。


「ごめんな、ごめんな、困るよな、こんなん言われたら。言うたとこでどうしようもないのも分かってるんやけど……」


「いつから……? いつからそう思てくれてたん?」


 そう言う冴子はうちを落ち着かせようとしてくれてる声でした。


「いつからて……多分、入学して初めて冴子を見た時からやと思う」


 自分で答えた内容に、また涙がどっと誘われてしもたんよねえ!


 ごめんな、ごめんな、てもうあの子の顔もまともによう見んと、うちはひたすら俯いてたわ。そうしたら冴子がまた、手を振ってうちをなだめようとしてくれて、


「ううん、ええの。そないに泣かんといてよ。全然謝るようなこととちゃうやん。嬉しいんやよ、うちも。ほんまよ。ちょっとびっくりしただけ。ほんま、そう思てくれてるなんて、嬉しいに決まってるやん」


 て、優しく言うてくれました。それでうちは涙も止んで、やっと顔を上げることが出来たんやけど、その時見た冴子は聖母みたいに見えましたよ。


 冴子はふふっと笑て、


「いずみちゃん、顔、びしょ濡れや。目ぇも赤なってる」


「冴子、迷惑とちゃうの? 困らへんの?」


 うちがたたみかけたら、


「なんで? なんで困るん? 誰かに好かれるてありがたいことやん」


「だって女同士やん。冴子は女の子やのに、女にそないな気持ち持たれたら、困るやん」


「うちは別に困ってはないけど……。でもそうなんかなあ、そういうもんなんかなあ。同性同士ぐらい何、てうちは思うけど」


 冴子は独り言みたいに、何やら含みを持たしたことを呟きました。

 うちは涙が乾いて、冷静さが戻ってきた感覚になりました。


 で、思わず怪訝な顔になってたんでしょうねえ、冴子がうちの視線に気ぃついて、またふっと力が抜けたような笑い顔を浮かべたんです。


「……ここまで言うたら、はっきり言わんとフェアとちゃうよなあ」


 そう言うた時のあの子の顔。困ったような泣きそうな顔。何か言おうとして口を開きかけたけど躊躇して、眉をぎゅっと寄せて唇を噛んで、そしてからようやっと言うたんです。


「うちな……、うち、お父さんが好きやねん」


 うちの目ぇは点になりました。瞬時にはあの子の言うてることが把握出来ひんかった。


 なんでや言うたら、うちかってその時分、そのぐらいの年頃の女の子にありがちな父親に対する嫌悪感みたいなんは無くて、父と仲良かったよってに。


 せやけどここまでの話の流れからして、冴子の言うてる「好き」がそないな普通のことと違うな、いうことがわかりました。せやなかったら、あないな切なそうな物言いにならんわな。


「えっと……お父さんて……」


 うちは自分のさっきまでの態度は忘れて、かなり冷静になってましたね。そして混乱してました。


「あのお父さん?」


「せや?」


 冴子はやっぱり泣笑みたいな表情してたわ。


「びっくりした?」


 うちは、あの芥川みたいなお父さんを思い出してました。驚く言うより、信じられませんでしたよ。嫌悪感は特になかったけども、ピンと来なさすぎて共感は出来へんかった。


 うちはもう、完全に落ち着きを取り戻してました。

 何もよう言わへんでおるうちに、冴子は自分から、


「びっくりするわなあ……」


 て寂しそうに答出して、小そう笑てました。


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