第20話

 あっちゅう間に放課後が来てしもて、うちはまだ全然覚悟決まってなかったけど、行かなしゃあない。


 重たい足ズルズル引きずるようにして公園へ行きました。


 冴子はもう先に行ってて、木陰のベンチに腰掛けて雑誌見てた。うちに気ぃついたらにこーっ笑て手ぇ振ってくれて。


 学校ではほとんど見せたことのない表情。うちといてる時だけのあの顔。


 それ見たら時のうちの嬉しい気持ちと罪悪感、わかります?


 うちもちょっとだけ唇緩めて笑う顔してあの子の所へ行きました。


「いずみちゃん、久しぶりやなあ!」


 冴子が清々しい感じに言いました。


「結局、夏休みほとんど会えへんかったもんなあ、ほんまはこれもすぐに渡したかったんやけどなあ」


 冴子はうきうきした口調でかばんの中から包みをうちにくれました。


 たしか、軽井沢へ行ってきたんや言うてました。


「ありがとう……」


 言うて受け取ったんはええけど、うちはドギマギして、他に何も言えへんかったんです、せやから、


「……開けてみていい?」


 言うて、無理矢理その場を繋ぎました。


「うん、ええよー」


 冴子が言うて、ほんまはうちとしてはお土産のことなんか二の次三の次やったんやけど、もうこうなったら開けるしかないやん?


 冴子がくれたんは、綺麗なアロマキャンドルでした。


 綺麗やし、嬉しかったんもほんまやけど、うちはやっぱり言葉が続きませんでした。


 冴子はうちの反応を見るんが楽しみやったようで、うちがキャンドルに見とれてると思たんかなあ、何やらこのキャンドルに関する蘊蓄を語りだしてたけど、もう全くと言うてええほどうちの耳には入ってきませんでした。


 やがて、


「……どないしたん?」


 うちがじいっと黙ってひとつのとこ見てるんを不思議がって、冴子が聞いてきたわ。


「……何もない」


 うちが言うた時、冴子がうちの顔を覗き込んで来たんやけど、目の端にあの子の色白のほっぺたと長いまつ毛がちらちらするんが入って……。吐息が分かるぐらいの近さやったから余計にもうね……。


 もうそれ以上は辛抱たまらんようになったうちは、誤魔化すために勢いよう立ち上がりました。


「やっぱ九月はまだまだあっついなあ!」


 とか何とか言うて。


 そしたら、うちのその空元気を冴子はそうとは気づかへんかったみたいで、


「良かったあ! いずみちゃん。元気ないから心配してたんやあ! おっぱいもみもみ!」


 て言いながらまたうちの後ろから脇の下へ手入れて胸を揉んできたんやからもううちとしては限界でした。同時に汗ばんだあの子の体臭と一緒に、冴子の家に泊まったときに感じた記憶も押し寄せて来て、うちは自分の顔がかあーっと赤ぁなるのが分かりましたよ。


「そういうの止めて!!」


 大きい声出して言うたら、冴子はびっくりしたみたいで、うちから手ぇ離して動きが止まりました。

 そして明らかに傷ついた顔してたから、うちもはっとなりました。


「そういうの……やめてよ……そんなんされたら、うち、どうしてええかわからんようになるやん……」


 涙がぽたぽた落ちてきてました。冴子の前で泣くのは二回目やなあいうのが頭を過りました。感情に任せてもっと泣きたいのを我慢してるよってに、えらいこと喉が苦しかった。


「いずみちゃん……?」


 冴子はオロオロしてたけど、唇噛んで俯くうちに何かを察したみたいで、


「ごめん、おっぱい触るんは、女の子同士でもやりすぎかな。ごめんね、いずみちゃん」


 ものすごう申し訳なさそうに言う冴子にうちの心は痛みました。


「違うねん……そうちゃうねん……」


 うちの声はほんまに、喉の奥からかろうじて絞り出せたいう感じでした。


「胸触るのがどうとかとちゃうねん……」


 きょとんとする冴子の顔。うちはもう観念して正直に言う他ありませんでした。


「……うち、冴子のことが好きなんよ」


 冴子は、ぽかんと口を開けてたわ。どっちも何も言わんと、うちがしゃくり上げる音だけがあった。


「ありがとう、うちもいずみちゃんのこと好きやで?」


 ややあってから、あの子が穏やかに言うてくれたけど、あの子の言う「好き」と、うちの言う「好き」は同じではなかったん。


「違う、違うんやって……!」


 せやからうちはちょっとイラッとして言うたわ。


「うちは、特別な意味で冴子のことが好きやねんよ……」


 また沈黙が流れたよね。そりゃそうやよね。いきなり同性の友達にそないなこと言われたら。冴子もさっき以上にぽかんとしてたわ。


「うちのことを……? いずみちゃん、ほんまに……?」


 

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