第14話
うちはびっくりして何も言えんとおりました。いつもどこかノラリクラリした冴子の、こないに余裕を欠いた苛立った様子は見たことがありませんでした。冴子の方も、声を荒げてしもたことにハッとして気まずい思うたんやろなあ。
一瞬、沈黙が流れました。
悪気はなかったとはいえ、うちは自分が失言してしもたんやいうことはわかりました。
冴子はお母さんに憧れてるんやと理解しました。
そりゃあないに色っぽい綺麗お母さん、憧れますよ。その血を自分が直に引いてるんやとしたらなおさら、自分もああなるんやと信じたくもなるやろ。同化したなる気持ちはわかるような気ぃします。
うちはそれに水を差すようなことを言うてしもたんやね。
「ごめん冴子。うち、要らんこと言うてしもた」
ほんまに申し訳ないな、いう心があったし、こんなことでギクシャクするんも嫌やったから素直に謝りました。
そしたら冴子の方も、
「ううん、うちこそごめん。なんかちょっとムキになってしもた」
そう言うてくれて、この件は水に流してそれからは普通に何事もなく過ごしました。
冴子の漫画のコレクションを見せてもろたりしてね。あとは横溝正史の本がずらー並んでたんが、なかなか印象的やったわ。そう、『ドグラ・マグラ』もあった。
で。ここからなんやけど。
その日ぃは早めの夕ご飯をして、お風呂に入ることになったんです。
「お風呂上がってから花火しよ思て、買うてあんねん」
てあの子が言うから。
で。で。
「いずみちゃん、一緒にお風呂入ろ」
て冴子は言いました。
……冴子はさらーっとそう言いましたけど、これってどないなんですか? 普通なんですかね?
うちはほんま大袈裟と違て、彼氏と初めて一緒にお風呂に入る時はこんなんちゃうかな、いうぐらいドキッとしたんやけど……。
戸惑うたけど、断るのもなあいう気したし、単に恥ずかしいだけでそこまで嫌やいうんでもないし。修学旅行やと、女子みんなで入るしなあ……ここは恥ずかしがるとことちゃうんかな? いうんが頭の中ぐるぐるして、結局、冴子の言うままに一緒に入ることになったわけやけど……。
女の子同士といえどやっぱり恥ずかしいもんは恥ずかしかったわ。ちょうどそのぐらいの年頃やと、胸の膨らみ具合やとかで、他の子が気になるでしょ。
うちは冴子に背中向ける格好で服を脱いでいったんやけど、背中越しにあの子が裸になってってるんや思うと顔が赤ぁなっていくんがわかりました。
せめてあの子の方も、恥ずかしそうにしててくれたらまだうちも立場あったのに、冴子はのんきそうに鼻歌なんか歌ってるんやから、うちは一人追い込まれたみたいな気分やったわ。
さっきも言うたけど、あの当時のうちはショートヘアでかなりボーイッシュな外見やったのに脱いだらなかなかで、おっぱいは結構ボリュームあったのよ。
当時は胸が大きいことが恥ずかしいてたまらんでねえ。その上、見た目とのギャップがあるもんやさかいになおさらね。
贅沢な悩みや言われるかもやけど、あの時は本気で恥ずかしい思うてました。
ちらっと肩越しに後ろを見たら、ちょうど冴子がブラジャー外したところやったわ。可愛らしい小振りのバストがぷるっと自由になった瞬間を見ました。
可愛いおっぱい、ええな……て一瞬引き込まれてたら、
「あー、いずみちゃんて着やせするタチなんやなあ」
て、冴子がうちの体を横からひょいと覗き込む形で言うてきたかと思うと、
「こんなにおっぱい大きかったなんて全然知らんかったわ!」
うちの背後から脇の下へ手を通して、うちのバストを掴んだんです!
冴子の指が、バストトップやら胸全体を吸い付くみたいに捉えた感触が走った瞬間、うちの頭はこれ以上は無理いうとこまで血が上りました。
顔から火吹きそうに恥ずかしかったけど、
「すごーい! 大きいー! やわらかーい!」
冴子がくすくす笑いながらうちの胸を揉むのを、実は喜んでる自分の存在が、さっと頭をかすめました。
「恥ずかしいけどやめてほしくない」ていう。
けどその時は、とてもやないけど自分のそんな心理を分析するだけの冷静さもないし、ましてや言語化するなんて無理やろう?
自分で自分の心を持て余してしもて、お風呂の間、うちは自然と黙りがちになってしもてたんやけど、冴子はそんなに気になってなかったみたいで、
「いずみちゃん、何を恥ずかしがってんのー」
とか言いながら楽しそうに笑てましたよね。うち一人が悶々としてて、なんや知らん、置いて行かれたような気分に、ちょっとだけなったんは事実やけど、あの子のそんな態度に救われたとこも大いにあったわ。
湯船にタオルを浸けて風船みたいにして遊んでるあの子の様子に釣られて、支離滅裂やったうちの気持ちもだんだんに落ち着いて、浮上していったん。
で、そこでやっと、
「うちは冴子のことが特別な意味で好きなんやろか……」
ていうことに思い至ったわけ!
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