第13話

 そんでとうとう自分の気持ちの正体が知れてしまう日が来たんよ。


 一学期が終わって夏休みに入るいう時期に、冴子が声かけてくれたん。


「いずみちゃん、夏休み何か予定ある? うちに泊まりに来おへん?」


 て。あの子からそんな提案してくれるやなんて、思てもなかったから嬉しかったわあ!


 で、そういえば、仲良うなってはおったけど家に遊びに行くとか一緒にどっか出かけるとかはしたことなかったことに気ぃついて。

 あの子のプライベートの生活は全然知らんかったから、約束の日ぃがそれはそれは楽しみになってね。


 当日、どきどきしながらお邪魔した冴子の家は、綺麗なええお宅やったわ。

 綺麗言うても、モダンとか新築いうんとは違うの。

 古い日本家屋やねんけど、庭も含めどこもかしこもよう手入れが行き届いた、そないな綺麗さ。窓ガラスにもくもり一つありませんでした。

 日本人形みたいな冴子に似合たお家。


「いっつも仲良うしてもろて、ほんまおおきに。よう来てくれはったねぇ」


 そう言うてお母さんが迎えてくれはって。


「いらっしゃい。話はいつも娘から聞いてます、今日はゆっくりしていって」


 言うて、お父さんも仕事部屋からわざわざ挨拶に出てきてくれはったんです。


 お父さんもお母さんも和服で、あの家の佇まいによう合う人らぁで、こちらの夢を壊さんいうか、イメージにぴったりやったわ。


 冴子は和服やなかったけど、品のええ小ざっぱりした浴衣地のワンピース着て、いかにもこの家の娘ですいう感じしてました。

 私服姿はこれまた初めて目にしたけど、うちの見慣れた制服の時よりも、ちょっと幼く見えて可愛かったわ。


 お父さんは小説家いうことやけど、まさに芥川みたいな雰囲気を醸してました。ちょっと気難しそういうか、神経質そういうか、病んでそういうか。見ようによってはそないに映るかもわからへんけど、なるほどこれが小説家いうもんか、て見上げるような気持ちで見ると、何かを内に秘めたような、知的で穏やかな印象に思えました。


 お父さんもやけど、それよりもうちが衝撃やったんはお母さんの方。

 さっぱりした単衣姿でいはったんやけど、それも薄い青いう色やのに、何とも言えん艶っぽさの漂う人でねえ! ほんま、したたるような色香。女性のうなじが色っぽいとはこういうことかと思い知らされましたよ。『浅葱色』いう色を覚えたんも、このお母さんの着物からよ。

 

 冴子の首も綺麗なあと思てたけど、お母さんと比べたらまだまだ。あっさりしたもんよ。


 で、お母さんは冴子によう似てるいうか同じ面影は見てとれましたけど、冴子が桔梗みたいなんに対してお母さんは牡丹いうのがぴったりでしたね。


 それが年齢的なもんからくるのかはわかりませんけど、お母さんは冴子にはない華やかさと艶かしさをまとってはりました。


 その色香にあてられて、うちは思わずぽーっとのぼせました。


「冴子のお母さん、綺麗やなあ」


 上気して興奮気味にうちが言うたら、冴子は恥ずかしそうに、それでも誇らしげに、うん、て小さそうに答えました。


 そしてから何や、決意を語るみたいに宙を見据えて言うんです。


「うちはお母さんに似てるやろ? せやから大人になったら、うちもお母さんみたいになるねんよ。今はまだ全然やけど、大人になったらお母さんみたいになるんよ」


 それに対して、ここでうちが要らんことを言うてしもたんよねぇ……。悪気はちょっともあらへんかったとはいえ……。


「そうやなあ、似てへんこともないけど、冴子とお母さんはタイプがちょっと違うんちゃう?」


 うちがそう言うたら、冴子、さっきまでのおっとりした空気を一変さして、ものすごい形相になって、こっちを睨んできたんです。目ぇをらんらんとさしてねぇ!


「いずみちゃんは、まだうちのお母さんのことよう見てないからそう思うんやわ。よう見たらわかるわ。うちはお母さんに似てるんよ! 小さい時から、お父さんはよう言うてたもん。『冴子も今にお母さんみたいにきれいになる』て!」


 冴子の、異論は受け付けへん言わんばかりの勢いに圧倒されて、うちは何もよう返しませんでした。そらびっくりしましたよ! 抑え気味とはいえ、あないに声を荒げるあの子は見たことがなかったし、うちとしては悪気も何もない、軽い一言のつもりやったから、まさかあないな反撃に合うとは予想外もええとこでした。

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