第10話
何とのう伝わったとは思うけど、冴子はほんまに変わった子ぉでねえ、うちも時々ついて行けへんようになったもんです。
ある日ぃうちが学校に着いても冴子が来てなかったんです。
いっつも朝行ったらあの子が先来てるんが普通やったのにその日ぃはそうやなかったんです。
あれ、欠席かな、風邪でもひいたんやろか思てるうちに間もなく始業時間になってきて。チャイムが鳴り始めて、もうセンセ来はるいうときになって教室の後ろの扉が開いたかと思うたら冴子やったんです。
えらい急いで来たんやろなあ、ちょっと息も乱れてました。
どないしたんやろ、とうちが呆気にとられてたら、冴子が、珍しいこともあったもんや、うちの席までそそくさと来て、耳打ちするみたいに早口で言うんです。
「いずみちゃん、今日、帰り、早う来て」
とっさには意味がわかかねました。せやけどももうセンセも来はって授業も始まるし、学校の中での冴子は丸っきり他人やさかい、もう近づけてはくれません。
でもまあ大方の見当はついたんで、その日ぃはいつもより急いで公園へ向こうたんです。
あれ、おらん思いきや、あの子はベンチの植え込みの向こうにおってそこへうずくまってるんです。
「冴子、何してるん?」
うちが聞いたら冴子はこっちも見んと、そのくせ目ぇだけはキラキラさして自分のすぐ前を指差して、
「いずみちゃん、これ見て……」
て恍惚として言うんですけど冴子の指してたもんいうんが何やったと思います?
ねずみの死骸に蟻がぎょうさん集ってるんです!
信じられますか?
ねずみの輪郭がきれいに骨になってるんやろなあ、黒々と蟻が群れてる隙間からちらちらと白いもんがのぞいてましたわ。
うちは思わず、後退りしてしまいました。あー今思い出しても気色悪いわ。
その気色悪いもんを冴子は取り憑かれたみたいにうっとり見つめてるんやからほんまに……。
「冴子、何なんそれ。気色悪いやん、そんなん」
思わず言うてしまいましたよ。
ところが冴子は全然聞いてへんで、それどころか何かノートを出してきてうちに見せてくるんです。
何や思うたら、そのねずみの死骸に蟻が集ってるとこのスケッチなんです。上手いとは言い難かったけど、その様が写してありました。
「今朝の様子やよ、これ。わかる?」
あの子はそないに言いました。たしかに言われてみれば目の前にあるやつよりはまだ原型がわかる感じがあるように見えました。
「朝、学校へ行く前にここへ寄ったんよ、たまたま。誰もおらんかったから気分良うて。公園の中、一周してから学校へ行こ思てたら、これを見つけたん。神様のお導きや思た。せやけどええもん見つけたけどカメラなんてないし、これはもう絵に描くしかないな、て」
ああ、せやから今朝の冴子はギリギリやったんやなぁと合点がいったんと同時に、これを「ええもん」ていうあの子の感性に戸惑いました。
戸惑ってるうちにお構いなしに冴子はまだ言いましたわ。
「やけどな、やっぱりうちの画力では限界があるからいずみちゃんに頼も思たんよ。いずみちゃんやったらもっと上手いこと描けるやろ? これも見てほしかったし、ちょうどええなて」
冴子は涼しい顔して言うてましたが正直うちはドン引きしてましたよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます