第7話
この日をきっかけにこんな風にうちと冴子はだんだんに距離が近くなっていったんです。
この晩は心臓がぽんぽん弾んでましたね。憧れの人とお近づきになれたんがまだ信じられへんで。
その日ぃにはねぇ、『藤川さんの声は水色だった』て書いてます。
初めて耳にした冴子の声は水色の感じやったんです。わからはるやろか、水色の感じの声て。すきっとしてるん。
その晩はその声を頭の中で、何回も反芻しながら床につきましたよ。ドキドキしてました。
あはは。今思うとなんか笑えるわ。
明日もまた喋れるんやー! 思うたら嬉しいのんも込み上げてきてなかなか寝付けんとね。
とはいえね、お近づきになれた! 思うたとこまでは良かったんやけど、学校ではあの子、あいも変わらず、うち、いうか、うちらとは積極的に付き合おうとはしてくれへんかったんです。
「中野さん、せっかく友達出来たんやし、その子ぉらは大事にしときよ」
言うて。
せやったら冴子も一緒のグループに入ろ言うて誘ても、
「うちはええわー」
て、さらーっとすり抜けていくみたいに全く相手にしてくれへんのです。
せやから冴子とは一日おんなじ教室にいてるいうのに、一言も喋らんと放課後に合流する部活の友達みたいな付き合いでした。そうなんです、初めて会話した次の日以来、さっきも言うた公園で落ち合うようになってたんです。
え? ちゃうよー。学校を出るんも別々なんです。冴子はほんまに学校では誰かと行動するんを嫌ろてました。
まあうちは歩き、あの子は自転車いうのも理由としてはあったけど、とにかく冴子は孤高の人を貫きたかったんやわ。それがあの子自身を守ってたようなとこもあってね……。
で、実際、二人で「漫研」やってたいう話やねんけど。漫研いうたかて、正規の部活と違うよ。学校には漫研なんてなかったからね。うちと冴子とで拵えたんよ。
学校が終わったら、毎日その公園で漫研の活動をしてました。
好きな漫画雑誌の新号が出たらそれぞれが好きなのを買うて回し読みしたり、古い名作の情報集めてそれを探したりね。汚い古本屋が駅の裏の細い道にあったんです。薄暗い店の中は、一歩入ったら埃で咳き込みそうになるぐらいやったけど、それだけに掘り出し物もようさん見つかってねえ。懐かしいわあ……。あの店ももう今は無いやろうねぇ。
で、ある時冴子が言うんです。
「中野さん、うちらの漫研のルールとか決めへん? ルールいうかモットー言うてもええわ。例えば、『其の壱! 新号は発売日に買うべし!』どない?」
にっこり誇らしげに宣言する冴子を目にしたら、うち、急にものすごう胸が苦しゅうなったんです、その時。胸が詰まって何も言われへん。
どないしたんかって?
冴子もうちの顔覗き込んでおんなじこと聞きました。
冴子の色白のほっぺたに黒髪がかかったその顔見たら、うち、またたまらんようになってしもてなぁ。奥から絞りだしたみたいなくぐもった声が出よりました。
「……下の名前で呼んでほしい」
その時までうちらはお互い苗字で呼んでたん。
せやけどうちはそこにどうしても他人行儀いうか、親しみをよう持たんとおったんです。なんや、ピシッと境界線引かれてるように思えて寂しい感じてたんです。
もっと砕けた呼び方したい、てずっと言いたかったんやけどなかなか言えんと悶々としてたとこへ、この時の冴子の笑た顔と、うちを「中野さん」呼ぶ水くささとのギャップに、もう切のうて辛抱出来んようになったんやろね。
「……わかった」
うちの様子にちょっとの間、呆気に取られた表情してた冴子が、柔らかい声で言いました。
「ほんまやな、うちら何をいつまでも知らん人みたいな言い方してるんや。ほな、うちのことは冴子て言うて? いずみちゃんて呼んでええ? いややなあ! もうそんな顔せんとってって!」
うちは自分で気つかへんうちに、えらい思い詰めた表情になってたんやわ。冴子に言われてはっとしました。
「な、いずみちゃん」
冴子がもういっぺんうちを安心させるように言うてくれました。
うちはさっきまでとは打って変わって今度はいきなり照れくさなって。
決まり悪かったわなあ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます