第42話 残るは大槻
「ねえ、山垣くん。笑ってないで立ってよ」
「…………」
すっかり笑う気力すらなくなった様子で戦意喪失の山垣。
魂が抜けたような放心状態だ。
さて、残るは大槻ただ一人。
今回はおそらく河原の計画通りなのだろう。
「準備してたのはこういうことだったのね。枝口くんだけじゃなく山垣くんまでどうにかした方法は知らないけど、より奥を任されている分アタシの方が強くて信頼されてるの。この意味がわかる?」
確かに、実力はあるのだろう。
召喚した国の姫が褒めるほどには。
だが、実力ならばこちらだって負けてはいない。
「リュウヤ。先ほどは地上最強と言われつつ情けないところを見せてしまった。ここは私に任せてくれ」
「わかった。頼んだぞエルディー」
今回はあのメガネみたいなイレギュラーもないだろうし心配はいらない。
せっかくやると言ってくれているのだし、ここはおとなしく任せよう。
「ふん。裏切り者に聖女であるこのアタシが負けるわけ、うぐっ!」
「何かしてたのか? それは悪かった」
壁のような何かがエルディーが通っただけで粉々に砕け、大槻は簡単にエルディーに捕らえられた。
「リュウヤの旧友なのだろう? たとえ悪であろうとあまり手荒な真似はしたくないのだが」
「ま、待って。ねえ、待って。ごめんなさい。こんなことしてるのは本心じゃないの。今だって雇われているからだし、それに、周りには男ばかりで不安だったの。反撃しないとなにされるかわからないし。だから、ねえ、溝口!」
大槻は苦しそうに涙を流しながら、俺の名前を叫んだ。
「ん?」
「助けてくれたら、いいことしてあげるから、解放してちょうだい。ね、いいでしょ?」
必死な様子で大槻は頼み込んできた。嘘をついているようには見えないが。
「ダメよ。溝口。女は平気で嘘つくんだから。それに……大槻さんよりあたしの方が」
「雪! あんたも女でしょ? ならわかるでしょ? アタシの境遇が。ね? やめ、苦し、死んじゃう……本当に、本当になんでもするからぁ。離してぇ」
エルディーに締め上げられ、息も絶え絶え話してくる。
俺を見ながら涙ながらに訴えてくる大槻。
うーん。
「ねえ、溝口。本当に助けようとか思ってないでしょ?」
正直、河原への仕打ちやこれまでの行動から信じるに値しない相手だろうが。
「大槻。本当になんでもするんだな?」
俺の確認に大槻は大きく目を開け、可能な限り激しく頭を上下に振り出した。
「ずるぅ! ずるがらぁ!」
「溝口」
「騙されたりしないさ」
俺は河原をなだめ、大槻の方を見た。
「エルディー、離してやれ」
「本当にいいのか?」
「ああ。大丈夫だ」
俺の言葉に、大槻はぱあっと表情を明るく輝かせた。そして、エルディーは渋々といった様子で大槻から手を離した。
やっと解放された大槻は咳き込みながらも生きている。
俺は大槻は信用していないが、溺愛の権能は信用できると思っている。だから、あくまで口約束だけにはとどめない。
「俺の言うことはこれから何でも聞け」
助けたことによる一時的な好意。
これは枝口の一件で無理な頼みも聞かせることができると実証済み。
だからこそ、改めて俺の言葉で、能力的には頼みという形で大槻に言葉を届ける。
溺愛の権能を発動させる。
呼吸が落ち着いていた大槻は表情をとろけさせ俺の方へ走り出してきた。
「え」
そのまま勢いを緩めることなく、大槻は予想外にも俺に飛びついてきた。
なぜタックル……?
なんとか踏ん張り大槻の顔を見る。
大槻は今まで誰にも見せたことがないような恍惚とした表情で俺を見ていた。
「なんでもいうことを聞くんだな?」
「はいぃ!」
どこか崇拝するものを見ているような表情で大槻は俺を見上げてくる。
我の強そうな部分はどこへ行ってしまったのかという印象だ。
「河原。これならいいだろ? 俺の力の実験にもなるし、信用もできる」
「溝口の力は本物だと思うけど、本当に連れてくの? もしかして偵察?」
露骨に嫌そうな顔をする河原。
ここまで大槻の様子が変わってもダメなのか。
思っていたよりも根が深い問題のようだ。やはり、俺はまだまだみたいだな。
「偵察にはしない。大槻で色々と試したいことがあるからな。死なれると困る」
「そんな。アタシは死んでも構いません。なんでも言うことを聞くと言ったんですから」
すげー変わりよう。
しかし、死なれると俺が困る。
実験に使えなくなる。
だが、少し話してもらうくらいのことはしてもらおう。
「それじゃあ、先にいるやつを教えてくれ」
「王と少女、あと謎の男? です」
「謎の男が魔王かと思いますわ」
とうとう最終局面まで来たってことか。
「エディカ。助けてやるからな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます