第25話 魔王襲来

「すまない。黙って立ち去ってしまって」

「いや、別にいいけど」


 え、なんかエルディーが女の子抱えて戻ってきたんだが。

 ドレス着てるけど、俺の知っているところの姫さんではなさそうだ。

 一瞬で囚われの姫様を助けてきたって感じじゃない。

 エルディーの言ってた妹? にしては見た目が違いすぎる気がするし……。


「エルディー。その抱えている人は?」

「魔王デューチャだ。魔族だから人ではない。迷惑をかけるな。おそらく私が来たからこの山に調査に来たのだろう」

「いや、迷惑だなんてそんなこと思ってないさ。でも、魔王か……え、魔王!? 魔王って、あの魔王?」

「ん? リュウヤが言っているのがどの魔王を言っているのかわからないが、こいつも魔王の一柱だな」

「そうなのか」


 となると、俺たちが召喚されたクニハイヒ王国と敵対する魔王だけではなく他にも魔王がいるということか。

 まあ、今となっては関係ないし、目の前にいる魔王がどんな魔王なのかわからない以上、何も判断はできないが。


「えーと……」

「お初にお目にかかりますわ。わらわはデューチャ。魔王デューチャですわ。リュウヤ様。フェイラ様。そしてもう一人の少女も以後お見知りおきを」

「はあ、よろしく」

「よろしくね。デューちゃん」

「よろしく?」

「ああ、フェイラ様にデューちゃんと呼ばれるなど恐れ多い! ですが、どうかそのままお呼びください!」


 魔王なのにやけに腰が低いな。

 それに、人と魔王が同じ神を信じているのか。フェイラの顔広すぎないか?

 俺のやったことって結構まずいんじゃ……。

 まあ、今回はそうじゃないみたいだが、となると。


「そこの魔王の目的は本当にエルディーか?」

「どうなんだ?」

「そなたに聞かれなくても答えるのだ。はい。初めはそうでしたわ。エルディーが動いたと知れば、どこの国も警戒することは必然。わらわの国はわらわが直接出向くことに決めただけのことです」

「初めは? 気になる言い方だな。それは、あの時リュウヤを付け狙っていたことと関係があるのだろう? 何を隠している」

「リュウヤを!?」


 さすがに姫さんたちがトドメを刺しにくるのはわかるが、見ず知らずの魔王に命を狙われるようなことはした記憶がない。

 いや、ないこともないか。

 この魔王もフェイラの信者みたいだし、フェイラから溺愛の権能を奪ってしまったことは関係あるか。


「俺、何かしたか?」

「ええ。あなた様はわらわにあんなことをされました。それはもう衝撃的でした。わらわはもうあなた様なしではいられない体になってしまったのです!」


 エルディーに抱えられながら器用に体をくねらせるデューチャ。

 なんだろう。河原とフェイラからの視線が冷たいものになっている気がする。


「俺、全く身に覚えがないんだけど」

「おい、暴れるな。リュウヤも身に覚えがないと言ってるだろう。変なことを言うのはやめてもらおうか」

「ええい! 力ばかりの女騎士! ここは飛びつくところであろうが。エルディーよ、離すのだ」

「そんなことは知らない。リュウヤ。危険だ。こいつの処理は私に任せてくれ」

「魔王をこいつ扱いであるか? そなたに処理されようともわらわはただでは倒れないのだ」

「えーっと……」


 つまり、魔王デューチャはエルディーの監視に来たと。そこで俺を見て、自然発動している溺愛の権能で虜になった。

 結果、俺に抱きつこうとしてくるのをエルディーが止めているわけだ。


 なるほど。

 でもなー。もしエルディーに処理を頼んでも、デューチャの部下の恨みが向くのは俺だろうし。

 溺愛の権能の効き、それを魔王レベルの存在で試せるのはちょうどよさそうなんだよな。

 命を奪うのは最悪の場合でいい気がするし。


「エルディー。離していいよ。そのデューチャにはとりあえずいてもらうことにした。デューチャもそれでいいか?」

「はい! もちろんですわ! それに早速名前を呼んでくださるなど、恐悦至極! ほら、離すのだ」

「正気かリュウヤ!?」

「まあ、敵意はないみたいだしさ」

「さすがはリュウヤ様です。わかっていらっしゃる。わらわは確実にあなた様の良き妻になってみせます。さあ、エルディー。離しなさい」

「いや、妻とかじゃなくて」

「リュウヤが言うなら仕方がないか」

「ありがとうございますぅ!」


 エルディーの腕から離れるなり、デューチャは俺に覆い被さってきた。


「わらわは良妻を目指しますわ!」

「つ、つつ、妻!?」

「はは。どうせ魔王ジョークだよ」

「いいえ。わらわはあなた様の妻になってみせます。種族の差など関係ありません。ここにいるどんな女よりも良き女になってみせます。それほどまでにあなた様を思っています」


 顔を真っ赤にしている河原。

 案外うぶなのかもしれない。


「デューちゃん正気?」

「わらわは正気ですわ! ……いえ、少しずつ仲良くさせてもらいます」

「よろしくね!」


 溺愛の女神がなんだかおぞましいオーラを放ったことで、デューチャは俺から離れてくれた。


「少しでも変なことをしたら切るからな。言ってくれ」

「あー。ヤダヤダ。物騒なことこのうえないのだ。素直な好意を伝えられない嫉妬であるか?」

「私はリュウヤを、フェイラ様と妹の次と決めているだけだ」

「あーあー。それは本人に伝えないと意味がないであろうに」


 ん? ってことはエルディーにも溺愛の権能が効いてたってことか?

 スキル無効って話じゃ……いや、権能は上だったか。

 ゴブリンから守ってくれたのは単に優しさと思ったが、全力で走ってまで助けてくれたのは溺愛の権能があったからかもしれないな。


「しかし、それはリュウヤ様を大切な人と言っているようなものなのでは? にしても、飛んだ妹好きな騎士様なのだな」

「悪いか?」

「……思っていたより反論が弱くて拍子抜けなのだ」

「なあ、エルディーの妹には何かあるのか?」

「いや……」

「話してみてくれないか? 無理にとは言わないが、協力できることがあるなら俺も協力したい。こうして魔王を捕らえてもらったんだし」

「っ!」


 エルディーは今までに見たことない、これまでの騎士然とした表情ではなく、一人の困った少女のような顔で俺を見てきた。


「リュウヤたちなら、私は妹を救えるのではないかと、共に過ごして思ってしまったんだ。どうか、力を貸してくれないか!」

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