第24話 死の山への侵入者:エルディー視点

 何者かの接近を感じ取り、リュウヤに断りもなく走り出してしまった。

 だが、今死の山に私以外の実力者を送り込む国があってもあり得ない話ではない。

 私をわざわざ国外に調査に出させるほどの存在。フェイラ様の降臨という一大イベントがあったのだ。


「さて、この辺のはずだが……見つけた」


「あぁ。どうすればいいのだ。ああっ、はあっ! あの方は、ああっ!」


 いたのは変態だった。

 体をくねらせながら、リュウヤをツケ狙っている謎の女だった。


 ひとまず、私の帰りが遅いから送られてきたイルマット王国の使者ではなさそうで安心した。

 まあ、私以外にこの山を探索できるものなどいないのだが、あの王のことだ、他の国から人を雇うことに頓着はないだろう。


 しかし、フェイラ様ではなくリュウヤを狙っているのか。

 確かにリュウヤは魅力的だ。つい丁寧に教えてあげたくなるほどだった。

 正直なところ今残っているのは私の私情だ。

 私が任された調査はとうに終わっている。そのため本来なら、妹のためにも一刻も早く戻りたいが、同時により長くリュウヤといたいとも思ってしまっているのだ。妹以外にこんな感情を抱いたのは初めてだ。

 だが、ひとまずは目の前の女に対処しなくては。

 あれは使者ではないにしても、ここにいていい存在ではない。おぼろげだが、妹のエディカが話していた特徴と一致する。


 紫色の巻き毛に同じく紫色の瞳。人間離れした白い肌。そしてそのうえに纏う漆黒のドレス。こいつは魔王の一柱、デューチャに違いない。


「ここで何をしている?」

「そなたはエルディーか?」

「そうだと言ったらどうする? 魔王デューチャ」

「ほう、わらわの正体を見抜いているのだな? さすがは地上最強の女騎士といったところであろうか」


 先ほどまでのほうけた態度は入れ替え、冷たい視線を向けてくるデューチャ。

 相手の力量を正確に把握しているわけではないが、私の実力からしてフェイラ様のような神を除き、私が勝てない相手はいない。

 目の前の魔王も勝つこと自体は容易い。


 だが、ここでこの魔王が死んだ場合、私以外に何があるかわからない。

 私は確かにフェイラ様のいう通り地上最強かもしれないが、周りへの影響まで全て無効化できるわけではない。

 となれば、滞在させてもらっている以上迷惑をかけることはできない。


「顔が怖いのであるよ? しかし、わらわの首を取らないとは、よほど周りが大切と見受けられる。随分と彼らに入れ込んでおるのだな」

「今までにないほどの待遇を受けているからな」

「単にライバルを増やしたくないだけでは?」

「ライバル? なんのことだ」

「あら、自覚がないのであるか? あのお方の隣に立つ者のことである。すでにそなたを含め四人もいるであろう。ライバルは少ない方がいい。てっきりそういう話かと思っていたのだが」

「何をバカなことを。リュウヤの隣に立たれるのはフェイラ様だ。私は二番目でいい。二人を守れるなら私はそれで構わない。そして、お前が二人の平穏の邪魔をするなら、私はお前を切る」

「妹を放っておいてであるか? ……ん? フェイラ? まさか最高神が降臨なされているので?」

「……」

「図星であるな。そうであるか。しかし、一番はわらわのもの。神にも渡さない。一人で勝手にことの結末を決めている方はさっさと家族を大切にしているといいである。さて、どう出て行こうか」


 この魔王、痛いところをついてくるな。

 さすがは聡明な我が妹が、一番頭が回る魔王だと言っていただけのことはある。

 たかだか私程度の情報まで押さえているとは。

 だが、そうだな。私一人では無理でもリュウヤならばこの魔王をどうすればいいか決められるかもしれない。


「ああ、寝込みを襲う? それとも一人になったところで抱きつく? どうすれば最も愛を伝えられるのであろうか」

「だったら連れて行こうではないか」

「何をおっしゃっているのだ」

「なあに、遠慮はいらない」

「ちょっと、やめなさい!」


 このまま俵のように担いで連れて行こう。

 どうせ、魔王の攻撃は私には効果がない。

 リュウヤの命を取る様子はないのだし、変なことをすれば呪いの推定有効範囲外までぶん投げてからトドメを刺せばいい。


「自分がいかに恥ずかしいことを言っていたか自覚がないのであるか? もうあれは好きだと言っているようなものだと思うのであるが」

「私に動揺を誘う術は効果がない」

「自覚がないのだな」


 妹はいずれ解放してみせる。そのためにここでの情報収集は個人的に重要なのだ。

 だからどうか耐えてくれ、エディカ。

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