第22話 エルディーさんを案内しよう

 俺はエルディーに一通り俺たちの住まいを案内した。

 といっても、いまだに家と風呂と食事場があるだけのスペースなのだが、中まで紹介してくれとのことで説明までしていたら思っていたより時間がかかってしまった。

 今はようやく椅子に座ってもらえたところだ。


「これは?」

「お疲れだろ? 食べてくれ。料理は大量にあるからさ」


 今日はシンプルに、焼いた肉に塩やら何やらで味をつけたものみたいだ。

 目立ったものではないはずだが、困惑した様子。

 どうしたのだろうか。河原が要望を出し始めてからは、醤油もどきやソースもどきが食卓に並ぶようになっているから、そんなものと比べればおかしなところはないはずだし。

 山を鎧姿で登るなんて正気の沙汰じゃないからな。いかに地上最強といえども、苦行なはずだ。まともな食事もできなかっただろうしな。


「気が利かなくて悪かったな。初めに食べてもらうべきだったんだが」

「いや、案内を頼んだのは私の方だ。そんなことより、リュウヤたちはいつもこのようなものを食べているのか?」

「そうだけど、やっぱり、普段より格は下がるよな。申し訳ない」

「いや、いやいや!」


 なんだろう。やけに目線を泳がせている。

 そんなにひどいだろうか。

 俺は河原の料理が好きだが、この世界の金持ちがどんなもの食べてるのか俺は知らないからな。


「口に合わなければ残してくれて構わないぞ?」

「いや、違うんだ。本当に、不味そうだなどと思っている訳ではない。ここに並んでいるもの、どれを取っても貴族の食事でさえ見ることができないぞ? 見ただけで美味しそうですごすぎるんだ。これを私が食べていいのか? そういう意味でためらってしまったんだ。こんな山でどうやったらここまでのものを作れるんだ?」

「ああ。そっちか。安心した。うちには腕の立つ建築家もどきと料理人がいるからな。お、話をしてたら来た来た」

「どう? 今日は」

「バッチリだよ」

「あれ、お客さん? もしかして、この山にも人間がいたの?」

「いや、こちらエルディー。山の外から来たんだ」

「エルディーだ。よろしく頼む」

「あたしは河原雪です。よろしくお願いしますね」

「ああ。そんなに気を遣わないでくれ」

「俺にも砕けた話し方がいいって言ってくれたんだよ。だから、河原もそうしてくれ」

「わかった。よろしくエルディーさん」

「ああ」


 言葉遣いには納得した様子だが、しかし、不安そうな河原の表情。

 ああ……。ここまでの会話聞いてなかったからな。


「もしかして、口に合わなかった?」

「いや、そうじゃないのだ。あまりに素晴らしい見た目で、見とれてしまっていた」

「そんな、見惚れるなんて。ありがと」


 安心したような表情で河原は俺の隣に座り、エルディーの様子を見だした。

 さすがに作り手が来たからかフォークを手に取り、また少し迷ったように目を泳がせてたから、エルディーは勢いよく料理に突き刺すと大きく開けた口に突っ込んだ。

 そして、動きを止めたまま、動かなくなった。


「そういえば、あたしの好みで作ってたけど、異世界風味じゃないのよね。周りが美味しそうに食べてくれるから忘れてたけど、食も文化で変わるものよね。ごめんなさい。水持ってくるね」

「必要ない」

「え?」

「うまい! なんだこれは! うまい、うまいぞ! いくらでもいける。こんなに旨みのある肉は初めてだ! ああ、妹に食べさせてやりたい!」


 エルディーは急に奪うように肉を、料理をかき込み始めた。


「これも、これもだ! なんだ。なんなんだ! 今までに食べていたものがまるで土だったんじゃないかと思うほどだ」

「そんなに急いで食べなくても大丈夫だよ? まだまだいっぱいあるから」

「本当か! なら、いただく! まだまだいただくぞ! おかわりだ!」


 皿を突き出しながら空いている方の手でどんどんと食べ進めていくエルディー。

 慌てながら料理をエルディーへと回していたら、ものすごい勢いで平らげてしまった。


「どれも美味だった。死の山まで来て、こんなに美味しいものを食べられるなんて、ユキはすごいな」

「あたしなんてそんな。料理作っただけだよ。溝口の方が、ね?」


 河原は料理を美味しそうに食べられ、散々褒められ照れたのか赤くなりながら俺に振ってくる。


「いや、料理は河原が作ったものだし、河原の実力だろ? そもそもここは、建物はティシュラさんたちのおかげ、俺たちが助かったのはフェイラのおかげで、水や食料はバシィたちがいなけりゃダメだ。俺ができることなんてたかが知れてるからな」

「いや、皆リュウヤの周りに集まっているのだ。バラバラではこうはならなかったはずだ」

「そうか? そう言ってもらえると俺もここにいていいと思えるな」


 少しは役に立てているみたいで嬉しい。

 きっとエルディーのこういうところが人に頼りにされる理由なのだろう。


「そうだよ。溝口には、その、あたしだって感謝してるんだから」

「ありがとな河原」

「っ! え、エルディーさん。一緒にお風呂入る?」

「いいね! エルディーちゃん入ろ入ろ。リュウヤが頑なに入ってくれないからさ。いいでしょ? ユキちゃん」

「もちろん」

「私はいいが、一言言っていいか?」


 真剣な表情になってエルディーが言った。

 しんと静まり返る場。

 河原の話の切り替えかたが急だったよな。と思っていると俺の方を向いてくる。


「リュウヤ、失礼じゃないか。フェイラ様の頼みを断るなど本来なら言語道断だ。今日は私がお相手するが、以後は気をつけるんだぞ?」

「なんで俺が怒られてるの? 俺が悪いの?」

「もちろんだ。フェイラ様はフェイラ様だ。頼みは聞くものだ」

「そうだよ。リュウヤ。リュウヤだから許してるんだからね? ささ、行こー行こー」

「溝口、のぞいちゃダメだからね。妄想も、ダメだから」

「しないって」

「ところでフェイラ様。おふろとは一体……?」


 本当にバレてるんだな。

 いや、マジか。あれだと本当に最高神なんだな。

 疑ってたと知れたらまた怒られるんだろうな。




 外からも声が聞こえるように戻っていたのだった。俺は忘れていた。

 キャッキャウフフって感じの楽しそうな声が聞こえてきた。

 ここは戻してもらうか。何かの条件付きで、うん。足を滑らせて頭を打つかも知れないからな。


「おふろとは汗を流せる施設だったのですね」

「そだよー」

「気持ちが良かったです。素晴らしいな。これは訓練の後に使いたいものだ」

「騎士らしいね。でも、ここに訓練できるようなところは……」


 山だしどこで動いても低酸素トレーニングみたくなりそうだが。


「しかし、死の山だというのに訓練場もなくて生き残ってきたのか? 鍛えずにやっていけるのはすごいが、私からすれば皆細すぎる」


 ティシュラさんたちが目を輝かせ出した。

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