第20話 死の山に人影

 少しは自分でも周囲の探索をして、山の様子を把握し使えるものを探そうと思ったのだが、全く何も見当たらない。

 死の山というほどだし、危険な魔物や魔族は住んでいても資源なんてないのかもしれない。それとも誰かが独占しているのか。

 俺は、死の山の土地勘もなければ自然について詳しい訳でもないからわからないが、他にやることがないからな。

 まあ、道に迷ってもバシィを呼べば来てくれるし、怖いものはないさ。

 今のところ危険と遭遇してないし。


「あれ、人か?」


 見間違いかと思い、目をこすってもう一度見てみるが、やはり人。

 重そうな鎧を着込んだ赤髪の女性がこちらに向かってきている。


「え、いや、まっすぐこっちに来てる。なんでだ?」


 どうしようか。武器がないからどうしようもないな。

 いや、そうだ。武力はどうしようもないが、フェイラが俺に与えてくれた権能はそんなものではなかった。


「おい。そこのお前。武器を下ろせ」

「えぇ……」


 どうしよう。前言撤回。

 俺は何も武器になりそうなものを持っていないんだが、それなのに武器を下ろせってどうすればいいんだ。

 これはちょっとどうすればいいのかわからないな。とりあえず手に持っていた枝を捨てて手を上げてみたけど、なんの反応も返ってこない。

 しかも、向こうは剣先を向けてきているし。

 しかも、権能は効いてなさそうだし。もしかしてバシィたちに効いていたのはまぐれか?


「あの」

「いいから下ろせ! 早くしろ! そうかここまで言っても下げないか。いいか、動くなよ? この私に武器を向けるということがどういうことなのかわかっていてのことなのだろうな」


 いや、なんだろう。もしかして俺は不可視の武器やスキルを実は与えられていて、それが目の前の女性には見えてるってことか?

 ないないない。


 なんて、呑気なことを考えていると視界から女性の姿が消えた。


「え?」


 風が巻き起こるほどのスピードに思わず目をつぶってしまう。

 舞い散る枯葉の間に目を開けると、何かが足元に降ってきた。


「頭!?」


 思わず身を引いて足を滑らせてしまう。

 ティシュラさんたちとは違う種族。おそらくゴブリンのような魔族の頭部が降ってきた。


 俺は思い出した。知能が低い魔族や魔物には俺のスキルの効きが悪いやつらもいるということを。拠点が安全なのは、バシィたちが結界めいた風を起こしてくれているからだと。


 俺はいつの間にか結界の外に出てしまっていたらしい。結界は俺や河原たちには無害なせいで気づかなかった。

 しかし、俺に言っていた訳じゃないのか? だが、次は俺かもしれない。なら、今度こそ権能の力を使う時。


 俺が地面に座ったまま女性の方を振り返ると、女性は目の前に立っていた。


「大丈夫だったか?」


 女性は優しく微笑みながら俺に手を差し伸べてきた。どうやら助けてくれただけらしい。

 

「はい」


 女性の手を取り引き起こしてもらうと、先ほどまでの何物も殺すような真剣さは微塵も感じられなかった。

 目の前にいる赤髪の女性は優しそうなお姉さんといった印象に変わっている。


「君はここに迷い込んだのか? いや、ここは迷い込むようなところではないだろう。しかし、私の目に君が悪人には見えない。もしかして、捨てられたのか? なら付き添うから私と一緒に下山しよう。安全な場所に案内する」

「いえ、それは大丈夫です」

「なっ、どうして?」

「俺にはこの山に帰る場所があるので。助けてくださりありがとうございました。ここは危険みたいですし、気をつけてくださいね」

「君、やけに丁寧な喋り方だな。それに、帰る場所? 住んでいるということか? この山に」

「まあ、そういうことになりますかね」


 そういえば今まで意識する余裕はなかったが、日本語じゃないんだよな。

 どう伝わっているのだろう。丁寧なのが珍しいのか。

 フェイラやティシュラさんは人間じゃなかったから意識しなかったが、これからは気をつけた方がいいかもしれないな。


「……となると、この男が死の山に現れたという調査対象……? 他の者も住んでいる場所にいるのか? 危険はなさそうだ。いや、ない。目の前の男はただの少年」


 何やら情報を整理しているらしい女性。

 騎士みたいだし色々と大変なんだろうな。


「わかった。できればでいいんだが、案内してくれないか?」

「いいですよ? 助けてもらった恩もありますし」

「感謝する」


 俺としても、召喚者以外の人から話を聞いみたかったところだ。


「私はエルディー。ただのエルディーだ。呼び捨てにしてくれて構わない。それと、私は身分の高いものではない。もっと砕けた話し方にしてくれ、なんだか変な気分だ」

「そうなんで、そうなんだな。俺は溝口龍也。龍也でいいでいいよ。よろしくエルディー。助けてくれてありがとう」

「リュウヤか。いい名だな」

「ありがとう」


 しっかりした人みたいだけど、身分は高くないのか。

 立派な鎧だけど、一体どういうことだろう。

 まあ、その辺も落ち着いたら聞いてみるか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る