第5話 襲撃

 なんだか温かい。それに、柔らかい?

 ただのクッションに頭を乗せている時とは明らかに違う感覚。

 ぼやけた視界がだんだんと鮮明になり、自分が木に囲まれた場所、山の中にいることを思い出す。


「はっ!」


 突然、頭を鷲掴みにされ、俺は反射的に身構える。

 だが、胴体の方も押さえ込まれており、簡単には離れられない。


「みぞ、ぐち……」


 ぼそぼそと耳元で俺の名前を呼ぶ声。息が吹きかかるほどの近さに、俺は恐る恐る頭を確かめるとそこには柔らかい手が……。


 そうだ。

 俺はゆっくりと拘束を逃れ立ち上がる。

 俺は河原の膝の上で……。

 なんだか変な感触が顔に残っているが、気にしないことにしよう。

 とりあえず立っていられる。どうやら最低限の体力は回復したようだ。


「ん?」


 俺を寝かせておきながら、自分まで寝ていた河原は気持ちよさそうに微笑んでいる。


「おい。大丈夫か? おい」

「大丈夫。溝口、起きたの?」

「ああ」

「んー」


 河原は伸びをしている。

 呑気なものだ。


「大丈夫なら水場でも探そう。今日もそう探す時間もないだろうしな」

「ん」


 何を考えているのか、河原が両手を伸ばしてきた。

 仕方なく引っ張ってやると、ふらふらしながら立ち上がり、俺に寄りかかって腕に体をくっつけてきた。


「おい。寝ぼけてるのか?」

「へ?」


 河原は眠そうな目をぱちぱちとしばたかせている。

 俺の指摘で、視線を俺の顔と腕の間で行ったり来たりさせ、みるみるうちに顔を赤くすると、パッと離れた。


「あ、いやこれは、その、寝ぼけてて」

「だろうな。だが、ふらつくなら手を貸すぞ。寝かせてもらったからな」

「だ、大丈夫。大丈夫だから。今のは忘れて」

「そうか? 無理するなよ?」

「必要ない!」

「わかった」


 やっと目が覚めたようだ。いつもの調子に戻ったらしい。

 さて、水がないと食料の前に水がないと死ぬらしいからな。

 さっさと見つかるといいが……。


「そういえば、河原は俺のこと呼び捨てなんだな。まあ、君つけるより短いしな」

「元からつけてないから」


 そうだっけか?




 しばらく歩いたところでカサカサカサッと草が揺れる音がした。


「なに?」

「わからん」


 この山に飛ばされてから、これまで生き物に遭遇したことはなかったが、山なだけあり、何かいるようだ。


「いっぱいいる?」

「多分な」

「どうしよう」

「少なくともよくない状況だろうな」


 ぎゅっと俺にしがみつき、しっかり盾にしようとしているところを見ると、俺を捨て駒にしてくれそうで安心する。

 そうだ。河原は俺より命の優先順位が高い。

 俺も、河原を隠すように背後に回し、迫ってくるものから一歩一歩後ずさる。

 見えてきたそれは、白銀の体毛をキラキラと輝かせる数匹のオオカミのような生き物だった。

 姿が見えるようになってすぐ、まるで狩りでも行うように、ぐるりと俺たちの周りを取り囲んでしまった。


「オオカミ? ねえ、あれオオカミ?」

「どうだろうな。似ているが、ここは地球じゃないらしいからな。だが、死の山ってのは本当らしいな」


 この量。普通の人間じゃ太刀打ちできない。

 認識できただけでも五匹。それに、もっといるかもしれない。大きさはどれも大型犬よりも大きく、ライオンやクマのような大きさの個体が多いが、目の前にいる個体は明らかにゾウより大きそうだ。

 力もなくこんなところに放り込まれたら、食料問題以前に他の生き物の食料になる。

 こうなったら一か八かだ。


「ねえ、どうしよう。どうしよう溝口」

「落ち着け河原。とりあえず俺が目の前に突っ込むから、その後についてこい」

「うん」

「それで、俺が注意を引いてるうちに逃げろ」

「うん……え?」

「行くぞ」

「ちょっと待って。溝口は?」

「俺は助かったらラッキー程度だな。俺より、スキルのある河原の方が、この先生き延びる価値があろうだろう。行くぞ」

「ちょっ!」


 俺は河原の制止の声を無視して、目の前のオオカミめがけて走り出した。

 二人とも死ぬなら、一人が生き残れた方がマシだ。

 と言っても、生き残れるかはわからないが、こういう時は生き残れると思っていた方がいい。


 幸い、オオカミたちも攻めに転じてくるとは思ってもいなかったのか、いきなりのことに顔を振ってお互いに顔を見合わせている。

 一匹ぐらい目を奪ってやる。


「うおおおおお!」


 逃げられるよう河原の手を離し、オオカミへ一直線に向かった。

 しかし、その場を視界が全て奪われるほどの白い光が包んだことで、思わず目をつぶり立ち止まってしまう。


「なんだ、これ……」


 目を開けていられないほどの強い光は俺の体を包むように暖かく、そして、まるで誰かに抱きしめられているような感覚があった。

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