第4話 死の山

「ぐっ。うっ」


 尻から着地し、追撃としてアゴに何かがぶつかってきた。

 ほんの少しいい匂いを感じながら、ぱちぱちとまばたきをして視界を確かめる。


「ちょっ! 近い!」

「うっ!」


 やっと目が慣れてきたところを突き飛ばされた。背中を地面に打ちつけ、葉っぱが舞った。


「げふっ。ゴホゴホ」

「あ、ごめん。大丈夫?」

「ああ。一応大丈夫だ。ま、これで貸し借りなしってところだな」

「貸し借り? いや、あたしの方が悪いでしょ。突き飛ばしちゃったし」

「気にすんな。隠してたもの見られるのも相当嫌なもんだろ」


 さて、どうやら河原も一緒にあの城を追い出されたみたいだが、山って言ってたか。

 確か死の山とか言ってたから山なんだろうが、近くを見回した限りなだらかすぎるのか上下がわからない。

 どんだけでかい山なんだろうか。


「どうすんの?」

「うーん」


 どうすると聞かれても正直よくわからない。

 そういえば、城にいた時よりよっぽど危険な状況のはずだが、河原の震えがおさまっている。

 俺もやっとまともに思考ができるし、声も問題なく出せる。

 姫様のスキルの範囲外に出たのだろう。

 だが、頭が回っても、まともな道具もなく、生息する生き物もわからない状態でサバイバルってのは、正直、ただの高校生にはどうしようもないのではないか?


「ねぇ」

「あ、ああ。悪い。とりあえずは水じゃないか? 山道もなさそうだし、上も下もわからないし、俺の知識ではそんなことしか言えない」

「水ね。さっき、いい匂いがしたからお腹も空いてるけど、水のが大事らしいしね」

「ああ」


 と言っても、俺は水を探す能力なんてない。知識もない。


「なあ、河原のスキルは何だったんだ? 俺は知っての通りスキルなしだが、河原のスキルによってはこの状況でも何とかなるんじゃないか?」

「あたしは、かじ」

「かじ? 鍛冶か? 刀とかの? 役だしそうだが、役立たずなのか?」

「家事よ。炊事洗濯とかの方。戦争とかの役には立たないでしょ?」

「なるほどな。それじゃ、水も出せないか」

「出せたら出してるっての」

「仕方ない。大人しく川でも探すか。山ならどこかに水が沸いてるところとかあるだろ。魚もいるかもだし、そうなれば一石二鳥だな」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ」

「ん?」


 早速手当たり次第に探そうと歩き出した俺を、河原は呼び止めてきた。


「いいの? あたし、役立たずだよ? 家事なんてできても仕方ないよ? 見捨てないの?」

「何か勘違いしてないか? 俺はスキルなしの役立たずだぞ? むしろ河原は俺を見捨てないのか?」

「それは、溝口といたほうが安全そうだし……」

「じゃ、協力しようぜ」

「わかった」


 とりあえず、俺を先にして水源探しに乗ってくれた河原。

 俺としても、ここでバラバラに動くよりかはまとまっていた方がいい、ような気がしていた。

 正直どっちがいいのかはさっぱりだが、どこにいるのか把握できていた方が何かと便利そうだ。


「それにしてもスキルってのはどういう風に決まるんだろうな。慣れてることとか? ってことは河原って意外と家庭的なのか?」

「は!? うっさい! 別に関係ないでしょ。一人暮らしなのよ」

「そうなのか」

「材料があれば料理くらいは作れるわよ」

「そういうものか? 俺はさっぱりだから楽しみにしてるよ」

「なんで食べる前提なのよ! 期待すんなバカ」


 いや、なんか少しは話せるようになったと思ったが、突っぱねられすぎじゃないか?


「……へへ」

「なんか言ったか?」

「言ってない」


 やっぱり突き飛ばして貸し借りなしって言ったけど、勝手に私物見たのが尾を引いてるんだろうな。

 仕方ないか。

 そもそも男と一対一なんだし、誰だって警戒するわな。





 真っ暗になってしまった。

 水源は見つけられなかった。

 なんだか空腹と喉の渇きで口の中とか腹が痛くなってきた。


「今日はここまでだな。こう暗いと探すのは無理だ」

「どうするの?」

「寝るしかないんじゃないか? 暗すぎて何もできないし」

「こんなところで寝るっての?」


 まあ、枯れ葉が落ちてて、土の上で敷物もなく寝るなんて正直嫌だよな。

 でも、何もないし。河原の手荷物には触れにくいし。


「別に無理に寝なくてもいいが、体力的には寝た方がいいんじゃないか? 空腹も気にしなくて済むだろうし」

「……そうね」

「どこか行ってようか?」

「待って」


 俺が立ちあがろうとすると、河原は裾を掴んできた。


「ねぇ。あたしを襲わないの?」

「……何言ってんの?」

「この状況。絶好のチャンスじゃない? 日本じゃないし、誰もいない。いくらあたしにスキルがあるとはいえ、ただの家事。私の力じゃ溝口くんには敵わない。死ぬかもしれないし、むしろ死ぬなら最後にって感じじゃないの?」

「なるほどそういうことか」


 警戒していた理由はやっぱり、俺だからというより、男と二人だからってことか。


「他の男は知らないが、俺は正直そういうのはよくわからない。動物なら子孫を残すべきなんだろうけどな。だから、信じないだろうが、俺は河原を襲ったりしない」

「ふーん」

「別に河原に魅力がないと言いたいわけじゃない。正直、かわいいと思う。だけど、それとこれとは別だろ? いや、そんなことないのか? まあ、わかんないんだよ」

「そ、そうなんだ……」


 馬鹿正直に言ったせいで、また変な空気になってしまった。

 見えないせいで何もわからないが、きっとドン引きだろう。

 ま、警戒して起きてる方が安全ではあるだろうな。


「おやすみ」

「おう。おやすみ」

「あ、そこにいていいから」

「わかった」


 どうやら、腹を決めたらしい。

 そもそも、起きていてもやることないしな。




「んー! よく寝た」

「起きたか」

「もう起きてたの?」

「ああ。それじゃ、探しに行くか。う」

「ふらふらじゃん。それに、目のくまがひどい」

「大丈夫だ」

「大丈夫じゃないでしょ。まさか一睡もしてないの? 女の子と一緒じゃ寝られないの? うぶなの? あたしは寝かせてずっと起きてたの?」

「誰かが警戒しておかないとだと思ってな」

「バカじゃないの?」


 バカかもしれないが、二人しかいなくて、交代で見張りをしないならこうなるんじゃないのか?


「男の方が体力があるだろ」

「そういう問題じゃないでしょ」

「そうは言うが、いつまでも体が保つわけじゃない。少しくらい寝てなくても大丈夫だ」


 そうは言ってみたが、正直世界がぐるぐる回っていて真っ直ぐ歩けない。

 いや、立っていることすら難しい。激しい乗り物酔いをしているような気持ち悪さだ。


「あーもー! ほら、はい!」


 河原は見かねたように突然その場に正座すると太ももを叩き出した。


「なんだ?」

「わかんない? あたしの膝を枕がわりにしていいから寝なさい」

「どうしてそうなるんだ?」

「休めって言っても休まないんでしょ? じゃあ、代わりに言ってあげる。そんなふらふらじゃあたしの盾にもならないでしょ。正直迷惑なの。わかったらさっさと寝て。あんたが休んだ方がいいって言ったんだからね」

「だからってそこじゃなくても」

「別の場所じゃ寝たふりするかもしれないでしょ。あたしが監視しやすいようによ。男なんでしょ? つべこべ言うな」


 突然のことで思考が追いつかない。

 だが、指摘されたことも事実。


「ほーら!」

「わかった。ありがとな」

「うっさい。さっさと寝る」


 大人しく寝転がって、俺は河原の太ももに頭を乗せた。

 まあ、何もないよりはよっぽどいいだろう。頭が柔らかいもので支えられてる気がする。

 確かに、目をつぶると途端に睡魔が襲ってくる。


「ったく。少しは休めっての」

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