第3話 国外追放
「おやおや。僕の言った通り役立たずだったね溝口。大人しく僕の申し出を受けておけばよかったのに」
ぽんぽんと肩を叩き、やたら近くでねちゃねちゃと音をさせながら何かを言ってくる枝口。
だが、その言葉は入ってこない。
先ほど姫様に言われた言葉が、脳に焼き付いて離れない。
「せっかく呼び出したのに、欠陥品なんて。ゴミにはゴミの特別待遇ですね……神なんていないですし。どうしましょ」
俺は少し先で残るクラスメイトたちに鏡を受ける姫様を見る。
彼女はすでに初めに見せた笑顔に戻っているが、もう俺には作り物にしか見えない。
「無様だね。これからの処遇がそんなに怖いのかな?」
枝口に突き飛ばされると、俺は簡単に尻を床にぶつけてしまった。
今も術中なのか、この見知らぬ世界でのどうにか生き抜く方法を考えたいのに、体が震え、心臓の音がうるさくまともに思考できない。
「あっはは! 無様だねー。クラスにいた時から人望もない。ここに来て能力もない。それなのに、生かしてもらった恩もないのかな? 溝口。お前サイテーだな」
「おいおい。マジかよあいつ」
「情けないな」
「やっぱり山垣くんに楯突くような人なんてあんななんだよ」
クラスのみんなも、俺に慰めの言葉ひとつかけようとしない。
もう、俺を見る目は臆病な愚か者としてしか映っていないだろう。
「人として腐ってる」
「同じ空気吸うのもやなんだけど」
「どうして生き残ったんだよ」
彼らは散々罵ってくる。
これまで半年ほど同じクラスで学んできたが、それでもまともに俺のことを知らないはずだ。それなのに、何から何まで否定してくる。
「ねぇ、溝口くん。大丈夫?」
「か、かわ、はら……」
ただ一人。河原は俺に心配そうに声をかけてきた。
だが、声が震えてまともに発声すらできない。
それでも震えながら見上げると、河原は震えていた。
俺は無能だから何かされたんだろうが、河原はどうして?
そういえば、近くに枝口の姿がない。
「皆さん。お静かにしてください」
姫様の声で再び場に静寂が戻ってくる。俺も顔を向けると、どうやら全員のスキルを目覚めさせたらしい。並んでいたクラスメイトはいなくなっている。
代わりに、隣には何故か枝口が立ち、なにやら姫様に耳打ちをしている。
注目は自然と姫様へと移る。
「ここまでで、皆さんのスキルを目覚めさせることができました。一部を除き、どの方も素晴らしい能力の持ち主です。どうか、そのお力をお貸しください」
「当たり前だろ!」
「救ってもらったしな」
「ま、やれるだけのことはやるわ」
「ありがとうございます! さて、皆様には、異常事態へのお詫びと、この国に尽力していただけることへの感謝として、ほんの少しではありますが、宴会の準備をさせていただいております」
「マジ? 宴会?」
「美味しいもの食べられるの?」
「ウッヒョー!」
「どうか皆様、扉の前に立つものに続き、どうぞしばしのご歓談をお楽しみください」
姫様が言い終わると、クラスメイトたちは歩き出した。
「あたしたちも行こ。まだどうなるか決まったわけじゃないんだし」
「ああ」
河原に促され、俺もなんとか立ち上がってついていこうとするが、そこでグッと肩を強く掴まれた。
「おーっとっと。どこへ行こうというのかな?」
「枝口」
「聞いてなかったか? 宴会は、国のため尽力する勇気あるものたちへの贈り物だ。溝口、お前は別だ」
「は?」
「河原、お前もだ」
「ど、どうして? あたしは、その、スキルだっけ? あったじゃない!」
「あんなもの役に立つか!」
「やっ! 離して!」
「おい! 筆頭救世主であるこの僕に逆らおうってのか?」
「ひ、筆頭救世主? なに言ってんの?」
「ワタクシが任せました」
冷たい笑顔を浮かべたまま、姫様は枝口の半歩後ろに立った。
今の枝口がこのクラスの筆頭? 姫様、正気か?
「あんた本気で言ってるの?」
「ええ。もちろんです。そして、エダグチ様の助言により、ミゾグチさん。あなたの処遇は決まりました」
「なっ、まぶし!」
何の前触れもなく、俺の足元には魔法陣が浮かび上がり、激しく輝き出した。
「どうなってるの?」
「ミゾグチさん。あなたは国外追放です」
「どうして」
「どうして? そんなことわかりきってるだろ。お前が無能だからだよ! せいぜい楽しんでくれよ? 死の山をな」
「いや、そんな。あたしもこうなるの?」
「せいぜい怯えてるんだな」
魔法陣の光は強さを増している。
だが、震える体ではまともに魔法陣から出ることすらできない。
足がすくんで、動けない。
「溝口」
「うあ、ああ……」
「おっとそうだ。河原」
「なに?」
「お前さっき、僕の申し出を断ってくれたよね? それなのに、なにを今は助かると思ってるのかな? お前もだよ! 役立たず! お前らは仲良く、人の帰らない山でくたばりな!」
「きゃっ!」
光で何も見えない中で、腹にぶつかる衝撃を受けながら、俺の視界は完全に真っ白く塗り染められた。
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