第9話 智の精霊
「『智の精霊』である紗和子さんも、自分のことが分からないんだよね?」
「そうなのよ~、困っちゃうよね。仙人みたいなお爺ちゃんも半信半疑で『智の精霊』って言ってたし、語尾に『かな?』ってついていた気もする。多分誰に聞いても、分からないんじゃないかな?」
つい昨日アレイシアが読んだ建国史に、仙人みたいなお爺ちゃんという言葉がぴったりな絵があった。でも彼は、精霊王だったけど……。
「この国の精霊は、火・水・風・土・光・闇なの。智なんて聞いたことがない。それに、あの……、紗和子さんも分かっていると思うけど……。見た目が全然違うの!」
「そうね、見た目も大きさも全然違う。神殿で他の精霊と話をしたけど、みんな前世の記憶なんてないって言ってた。産まれた時から精霊なんですって。私は異色の存在ってことよね」
アレイシアの部屋のベッドに腰かけて二人は話をしている。
ベッドは木製で、本来なら廃棄処分されるはずのものだった。紗和子に実体があれば、きっと今頃ベッドの足は折れているという代物だ。
部屋を見回した紗和子からは、ため息しか出ない。だって、酷いのはベッドだけじゃない。アレイシアの部屋にあるものは、みんな廃棄処分される予定だった。
家具と言えるものはベッドしかなく、令嬢らしく鏡台も机も何もない。ベッドのリネンも、する意味あるのかと思うくらい擦り切れそうに透けているカーテンも薄汚れて元の色が何なのか分からないグレーや生成りに色落ちしている。子供らしさの欠片もない部屋だ。いや、部屋と呼べるのかも怪しい……。
元々半地下の物置だった場所だけに、窓は一つしかなくジメジメして薄暗く地下牢のようだ。そもそも子供部屋うんぬんの前に、人が住むような場所じゃない。
そんな場所だけど紗和子が一緒にいてくれるだけで、アレイシアの心は安心する。
『智の精霊』が何者なのか分からないし、これといった力はないらしい。だけど、紗和子は家族だと言ってくれた。母親になると言ってくれた。アレイシアにとって、精霊より母親を手に入れたことの方が何倍も嬉しい。
「私以外の精霊は選んだ愛し子に、少しだけ力を貸せるんだよね?」
「うん。火の精霊だと、火おこしが他の人より上手。風の精霊だと、そよ風を吹かせられる。とか本当に微々たる力だと本には書いてあったよ」
「なるほど……。でも、私は何も特別な力を持ってないからな……。となると、やっぱりこれか」
紗和子がオレンジのエプロンからスマホを取り出すと、画面が明るくなった。
「わぁ! すっごい上手な絵だね! 紗和子さんが描いたの?」
「絵とはまた違って、これは写真って言うんだ。この四角い画面に映ったものを、そのまま残して置ける機能かな?」
紗和子はそう言ってスマホをアレイシアに向けた。
カシャという音がスマホから聞こえて驚いていると、紗和子がスマホの四角い画面を見せてくれる。
長方形の板の中にいるのは、肩までの黒髪にダークグレーの瞳をして痩せて顔色の悪いアレイシアだ。
紗和子が絵を描いていた気配はないし、こんなにも緻密な絵がここまで早く描ける訳がない。これが紗和子の言う「写真」というものなんだろう。
「……ははは、瘦せこけた顔に黒目が飛び出してるね。これだけ青白い肌だと黒髪も目立つし、これじゃ魔女って言われても仕方がないよね……」
写真で見る自分は不吉そのもののような、陰気で生気のない顔をしている……。
この部屋には鏡がない。唯一の窓だって薄汚れていて、人を映し出すことはできない。アレイシアが自分の顔を見ることはほぼない。それだけに、自分の姿を見てしまったアレイシアのショックも大きい。
「アレイシアはそういうけど、黒目黒髪って私みたいのを言うんだよ。うちの子達だって、ほら、黒目黒髪」
紗和子の見せてくれた画面には、元気に笑う黒目黒髪の男の子が二人いた。
「うーん、確かに目の色はちょっと違うと思うけど……」
「けど?」
「二人の方が私より黒目黒髪だけど、こんなに楽しそうに笑っているでしょう? 魔女なんて全然連想できない。でも、私の写真は、暗くて陰気。すぐに魔女という言葉が思い浮かんだよ」
スマホをポケットに放り込んだ紗和子は、床に膝をついてシアと目線を合わせた。それは、いつもの笑顔とは違う厳しい顔だ。
「それは違う! シアはあの親に、そう思い込まされてるんだよ。あの両親がシアをそんな顔にさせているの! シアのせいじゃないんだよ」
「私の、せいじゃ、ないの?」
「当たり前だよ! 何にも分からない子供に『お前は魔女だ』なんて言ったら、それを信じるしかないじゃない。守ってあげるべき子供に、こんな仕打ち! 絶対に許さない!」
「私は、魔女じゃ、ない?」
「当たり前だよ! シアは精霊の愛し子でしょ? 私の可愛い娘です!」
(魔女じゃないことより、愛し子より、娘と呼ばれたのが嬉しい)
「私も、紗和子さんの二人の子供みたいに、笑った写真になる?」
「シアが笑いたいと思ってくれたなら、嬉しい! シアが楽しいと思うことを、やってみたいと思うことを教えて! 全部やろう!」
そう言った紗和子は、スマホで笑う二人の男の子とそっくりな笑顔だった。
アレイシアは、それが羨ましくて、少しだけ悲しかった。
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読んでいただき、ありがとうございました。
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