第10話 スマホって役に立たない?
「このスマホだけどね、検索機能ってのがあるの。要は、知りたいことが、すぐに何でも調べられるのよ!」
そう言った紗和子は自信満々で、「実演するから、何でも聞いて!」と胸を叩いた。
アレイシアが知りたいことと言えば、ただ一つだ。
「闇の精霊さんが悪だと思われているのが、どうしてなのか知りたい!」
「えっ?」
紗和子は「闇の精霊・悪」とか「闇の精霊・どうして」とか「カレイド国・精霊」とか呟きながら色々と調べていたけど、完全に行き詰った顔でアレイシアを見た。
スマホは地球産まれ地球育ちだ。地球のことしか教えてくれない……。
「……ごめんなさい。完全に地球仕様なので、異世界の事情は全く考慮されておりません」
「………………」
聞いたアレイシアより、答えた紗和子の方がショックのでかい顔をしている。
スマホさえあれば異世界でも余裕と思っていた紗和子は、大いにガッカリしていた。スマホがあっても、全然役に立つ気がしない……。
紗和子にもスマホにもカレイド国で使える『智』はないことを、アレイシアは早々に知った。だけど、残念だとかそういうマイナスな気持ちは一切ない。
「闇の精霊が悪ではないと証明する」という目標を得た時も世界が変わった気がした。だけど、それ以上に紗和子と出会えたことで、ずっと孤独だったアレイシアの世界が広がった。
だから、スマホが役に立たないなんて、どうでもよかった。紗和子がいてくれて、目標に向かって勉強ができればそれで良かった……。
一人だった頃と比べて穏やかな日々を過ごしていたアレイシアの状況が、本人が望まないのに一転してしまうのは、すぐだった。
王家が未知なる『智の精霊』について、愛し子を「賢者」に導く精霊と勝手な解釈をしてしまったからだ。
分からないのだから保留で様子を見て考えればいいのに、精霊の愛し子が減っている中での新種発生だったために良い話題にしたかった王家の意図が透けて見える。
アレイシアにとっては、「賢者」なんて迷惑な話だ。精霊の力もない生身の自分が、どうして「賢者」? としか思えない。紗和子だって「五歳に『賢者』を押し付けるな!」と怒り狂っていた。
だが、そんな迷惑話に追い打ちをかけるように、オンズロー家がその話に便乗してしまった……。
色とりどりの自慢のドレスを着飾った人達が、テーブルを移動しながら面白くもない話で笑い合っている。話題と言えば、流行のドレスやらお菓子やら舞台やらと、アレイシアには全く興味のない話だ。
その意味のない話も、人を貶める噂話に比べれば数百倍マシだったと今痛感している……。
アレイシアは今の状況は、派手好きで目立ちたがり屋の母親に連れられ子供同伴のお茶会に強制参加させられている。
今までは社交シーズンだってずっと領地の屋敷にいて、王都に連れられてくることなんて一度だってなかった。そんなアレイシアが『智の精霊』の愛し子で王家公認で賢者と呼ばれるなり、母親の自尊心をくすぐるアクセサリーにされてしまった……。
「シアの母親って、本当に嫌な女ね! 絶対に友達になれないし、なりたくない!」
紗和子の意見にアレイシアも同感だ。
この足の引っ張り合う
出る杭は打つというか、どんな話であろうと自分が中心にいないと許せない性格なのがあからさまで酷い。
あれだけ無視し続けたアレイシアを、「自慢の娘」と恥じることなく言える神経の太さは尊敬に値するのだろうか?
それを紗和子に聞くと、「生きていく上で図太さって必要だけど、あそこまで謙虚さの抜け落ちた図太さは見習うべきじゃないわ。私は人間性を疑うわね!」と吐き捨てた。アレイシアも同感だ。
社交の場は肌に合わないし、母親の白々しいセリフに鳥肌が立ち続けている。
珍しく終始イラついている紗和子が「あの
アレイシアも同感だったので、紗和子と二人で盛り上がる会場からさっさと離れた。
これで煩わしいことから抜け出せたと思ったのに……。そう簡単にいかないのは「賢者」なんて呼ばれるせいだと、アレイシアは王家を恨んだ。
メイン会場から離れた庭園のベンチに座って一息ついていると、年上の少女達に取り囲まれた。子供とは思えないお金のかかったドレスと装飾品を身につけていることから、きっと高位貴族の令嬢なのだろう。
五人組は一番派手な身なりの令嬢を中心に、両脇に控える二人組が一歩下がって立っている。完璧なフォーメーションだ。
真ん中に立つ令嬢は、羽のついた扇子をアレイシアへ向けた。
「ちょっと貴方、愛し子だ賢者だと言われて調子に乗り過ぎよ! わたくしの方が貴方より上の人間なのだから、立場は弁えるべきよ」
「そうよ、エレーヌ様は公爵家なのよ? 貴方ごときが偉そうにするなんて、身の程を知らな過ぎるわ! 『智の精霊』の愛し子が何よ! 身分の差を知りなさい!」
「そうよ、黒目黒髪の魔女のくせに、何が賢者よ! 冗談じゃないわ!」
取り巻き達が散々暴言を吐いてくるけど、今まで家族や使用人から散々言われ慣れたことだ。見ず知らずの子供に言われたところで、気にもならない。
それより気になったのは、紗和子の呟きだ。
「身分差という武器がある分、この世界はマウントの取り方がえげつないわね~」
「マウントって?」
「見栄を張って相手より自分が上だと見せつけようとするのよ。自分が一番じゃないと我慢ができない人がするんだけど……、結局一番だという自信がないからこんなことするの」
「め、面倒くさい……」
「回避する方法を検索したら、離れるってあるけど……今は状況的に無理ね。受け流すってあるけど……、『貴方を相手にしてません』ってそれとなく分からせるって難しいし余計に怒りを買いそうね。ならこれは? 先に相手を肯定した後で自分の意見を伝える方法」
紗和子はスマホを見せて説明してくれるけど、アレイシアは日本語が読めないのでチンプンカンプンだ。
アレイシアと紗和子とすれば二人でこっそり相談し合っているけれど、傍から見れば視線も合わせないアレイシアが一人でブツブツ言っているに過ぎない。
そんな態度に苛立ったエレーヌが、扇子を折りそうな勢いで怒りをぶつけてくる。
「さっきから一人でブツブツと言っていて、どういうつもり? わたくし達の話を聞いていないのかしら? それとも自分はわたくし達より上の人間だから、話は聞く必要はないとでも言いたいの?」
「私が考えた台詞を、そのまま言えば万事解決よ!」
この自信満々な紗和子の耳打ち通りに従ってしまったことを、アレイシアはすぐに後悔した。
「いえ、とんでもないです。皆さんのご忠告は、本当にありがたく受け止めました」
「だったら偉そうな態度を控えなさい!」
「ですが、私を愛し子に選んだのは精霊です。そして、私を『賢者』と決めたのは王家です……。皆さんのお言葉は、精霊と王家に対しての批判ということになりますね……」
紗和子に耳打ちされた通りに言ったのだけど、言っている最中からアレイシアは血の気が引いた。
結構パンチのきいた嫌味だけに、五人の令嬢達の怒りが増して熱が発せられるのが分かる。無難に逃れるなんてことはできず、完全に敵認定された……。
「魔女の分際で、生意気だわ!」
「王家や精霊を笠に着るなんて、貴方一体何様のつもり!」
「このわたくしに盾突こうなんて、必ず後悔させてやるわ!」
五人は怒り狂い暴言を吐きながら、去っていった。
アレイシアはその後ろ姿を、呆然と見送るしかできない……。
「ちょっと、全然回避できてない! 次に会ったら、また絶対に絡まれる!」
「うーん……。回避方法の一つってネットにはあったんだけど、違ったか……」
スマホの画面を眺めた紗和子は、「子供相手に大人の対応が悪かったのかな?」と反省中だ……。
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読んでいただき、ありがとうございました。
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