第8話

翌日、望月は母親と一緒に市内にある総合病院へ行き、産科の診察外来の階へと案内されると検査を受けて、しばらく待合室で待ち再び呼び出しを受けると診察室へ入っていった。

医師から妊娠していることを告げられ八週目に入ったところだと伝えられた。出産の意向はあるかと質問されたがまだわからないと返答し、早期に決めないと流産した場合は今後妊娠しにくにい体質になる可能性も見込まれるので、また一か月後に診察にくるように促された。


その晩、望月の母親から私に連絡があり自宅に来てほしいと告げてきたので、自転車で彼女の家まで行くと、玄関先で母親が出迎えてくれた。リビングへ行くとソファにかけて待っていてくれと言い、しばらく待つと彼女の義父が挨拶をしてきて向かい合わせで腰を掛けてきた。

早速望月の妊娠させた相手について会話が始まり、義父は気が気でないことを告げ私に相手の男性を知っているかと尋ね、初めは知らないと答えたが、傍に聞いていた望月が私に向かって言ってきた。


「先生、本当の事を話して」

「どういうことですか?」

「僕は……僭越せんえつながら娘さんと親しくさせております」

「じゃあ今回の妊娠させた相手ってまさか……」

「恐らく、僕かと思います」

「娘と友達の様に親しくしていただけるのは構わない。でも、それ以上の……一線を越えた仲にまで発展しているなんて、段階としておかしくないですか?」

「当初娘さんからお付き合いしたいと言われましたが、妻がいるので断りました。でも、母親になりたい……子どもが欲しいと言われて、日を追うごとにその強い熱意に惹かれていきました」

「あなた、自分が何言っているのかわかっているのか?なぁ、紗奈。お前先生に何されたか状況が分かっていたのか?」

「わかっていたよ。先生の言う通り、先生の子どもが欲しいって何度もお願いした。先生、子どもができる身体じゃないって言っていたけど、できて凄く嬉しかった。」

「あなたの奥様はこの事はご存じで?」

「いえ、まだ話しておりません」

「責任はどう取るおつもりですか?」

「妻と別れて……娘さんと一緒に子どもを育てます」


すると義父は立ち上がりテーブルを蹴り上げて私の胸ぐらを掴みかかり握り拳で顔を数回殴ってきた。母親や望月は義父の身体を抑えつけようとしたが振り切って、再び私の顔に近づき両肩を掴んで殺意に満ちている鬼の形相でにらみつけてきた。


「先生のその冷静さがわかりませんよ。どうして娘に手を出したか本当の理由を教えてください。そうでなければこれは立派な強姦になりますよ?」

「強姦ではありません。合意の上で彼女を抱きました。僕は……新たに娘さんを愛そうとしています。」

「愛するだなんて、まだ十六の子どもに向かって言える話ですか?私達家族が大事にしてきている子どもですよ。それを一瞬の隙にあなたが汚したんです。不始末をどう解決させるつもりなんだ?!」

「僕からも皆さんに正式に認めていただきたい。」

「どうやってだ?」

「娘さんが学校を卒業するまで全ての養育費も僕が賄います。だから、それにはご両親の和解が必要です。すぐに認められるものではありませんが……どうか、私達の仲を許していただけないでしょうか?彼女の将来を……僕が担ってあげたいんです。」


私は震えながら泣き声を出し、その場で土下座をして何度も陳謝し額を床につけて深く頭をつけると、彼女も隣に並んで正座してきた。


「お義父さん。私も反省している。でも、反省より責任という方が重くのしかかっている。まだこの歳だけど、どうしても先生の子どもを産みたい。お願いします。お母さんもどうか……お願いします」

「今日は帰ってください。私達も話し合いをしてこれからのことを決めます。お引き取りください」


私は立ち上がり頭を下げて無言のまま玄関へ向かうと望月が寄ってきたが、彼女にも何も言わずにそのまま靴を履いて家を出ると、その姿を見て義父が彼女に告げてきた。


「紗奈。先生はあの程度の男だ。責任もあまり考えてない。だから、子どもを下ろしなさい。お前のためだ」

「赤ちゃんを殺すの?」

「……そういう運命だと受け入れなさい。来週学校を休んでお母さんと一緒に病院に行け。」


彼女は自分の部屋に行きベッドに座りしばらく泣きながら自分のとった行動について考えていた。

私は自転車を押しながら歩いていき河原沿いの通りに差し掛かったところで立ち止まった。今からでも遅くはない。もう一度誠意を見せて彼女への思いを告げたい。


私は自転車に乗って彼女の家に再び行き、玄関前の門の前に止まって家を背にして石段の上に座った。殴られた顔のあとが痺れるように痛くなってきている。山間から吹く風が私の身体をまとわりついて今にも足元から凍らせてしまおうと囁くように押し殺してしまうような感覚になった。


それから三時間ほど経ち深夜零時近くを回った時、消えていた門燈の灯が点いたのに気づいて立ち上がると、彼女の母親がドアを開けて私の姿に驚いていた。


「いつからいらっしゃったんですか?」

「一時間前ほどから……」

「……あの、主人はあのように言っていましたが、私はあなたたちの事を許してもいいかと考えています。」

「本当ですか?」

「引き返してまでこうして待っている姿勢を見せてくださるし。あの、先生。安易な承諾という訳ではないですが……紗奈はまだ何もわからないところがありますが、一緒になって子どもを育てていってほしいんです。娘を、あなたの傍にいさせて改めて育児の大変さを覚えさせてあげたいんです……どうかお願いです。」

「はい……。望月さんは私の大事な生徒ですし、それ以上に彼女に深く愛情を持っています。子どもの事は……未熟な僕なりにも父親として支えていきたいんです。」

「私も協力します。主人には明日またお話しておきますので、まずは帰ってください」

「望月のお義父さんには会わせていただけませんか?」

「やめた方がいいわ。まだ気が立っていて落ち着かないんです。静かにさせてください」

「わかりました。一応来ていたことはお話ししておいてください。では、後日ご連絡してまたこちらにお伺いします。」

「お気をつけて」


私は家路に向かった。ちょうどその頃二階にある望月の部屋から明かりが漏れて、窓の隙間から彼女は私の背中を見守るように唇を噛みしめながらただひたすら眺めていた。

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