第9話

翌週の月曜日。怪我を負った事を理由に数日間学校に休暇を取り、またいつものように出勤して職員室へ行くと、他の教員たちが私の顔を見て驚き、何があったのか尋ねてきたので、望月の義父と口論になりその時にできた傷だと返答した。


ちょうど教頭もその場に立ち会っており、朝礼が終わったら、校長室に来てくれと告げてきた。ミーティングが終わり教室へ向かうと、廊下にいた他の生徒たちも私の姿を見て、ひそひそと耳打ちをしていた。

チャイムが鳴り響き、教室へ入るとクラスの生徒たちが黙り込んで私の姿を見せている。

ドアを閉めて黒板を見ると、そこには私と望月との似顔絵やさげすんだ言葉たちが描かれていたので、無言で黒板消しで端から端まで消していった。一人の生徒が第一声を放った。


「望月と、最後までヤったって本当すか?」


クラスの全員が一斉に笑い出す。また一人、二人と同じように野次を飛ばすように質問をしてきたが、私はしばらく辺りがしずまるまで生徒一人一人の顔を見渡しつていくと、次第に響いていた声が小さくなっていった。


「先生、なんか言って。紗奈と本当に付き合っているの?」

「……本当です」


また生徒たちはどよめいていつからそのような関係になったかを聞いてきた。夏休み前に彼女から告白を受けて、次第に惹かれあっていった事を告げると、妻の事をどう考えているのかを聞いてきたので、これから決める事だと返答した。

望月が未だに学校に来れない理由を教えてほしいと尋ねられ、その合間に他の生徒が彼女が妊娠していることが事実かを確認したいと聞いてきたが、まだ何も聞かされていないので答えようがないと伝えると半数以上の生徒たちは納得がいかないとまた野次を飛ばしてきた。


「この後校長先生と話し合いがある。それが終わり次第皆んなに報告します。……出席を取ります」


朝礼後、教室から出て校長室へ入ると、校長と教頭が私を待っていた。椅子に座って二人と向かい合わせになり話し合いが行なわれた。


「では、望月さんが妊娠されているのは事実なんですね?」

「はい。ご家族の方から連絡を受けて自宅に訪問してお話もしてきました。」

「父親は誰なんですか?」

「私です。」

「平潟先生……正気なんですか?」

「はい。彼女の子どもの父親も確かに私で間違いないです」

「好意を持たれるのはまだしも、まだ十六歳ですよ?その辺りをなぜわきまえられなかったのか説明してください」

「生徒と接していくうちに私から彼女に好意を持ちました。一人の女性として見ています」

「それが一番厄介なところですよ?平潟先生がお休みしている間に、保護者の方から数名連絡があって、子どもたち同様にお二人の一緒にいる姿を目撃されていると聞かれて、何とかなだめる事はできましたが、関係性を明らかにしてほしいと訴えてきています。どうされますか?」

「事実は事実だと私からまずクラスの生徒たちに話をして、その後に保護者会議を行おうと考えています。その時にも事実関係を打ち明けた後……この学校を退職させていただきます」

「お辞めになって、全ての処分が許されると思いますか?」

「……父親になって、他所よそで三人で暮らすことにします」

「望月さんのご両親にはそれをこれからお話しされるんですか?」

「はい。なので、まずは生徒たちと話をさせてください」

「慎重にお話を進めるようにしてください。ここだけのお話、すでに学校中で平潟先生との噂話が広がっているようです。」

「そのようですね。……全ての責任は私にあります。新たに変な騒ぎにならないように心して行動していきます」


二人の表情は終始冷淡な目つきで私を見ていた。

校長室を後にして職員室へ戻り次の授業のある教室へ行く準備に取り掛かろうとしていた。

すると他の教員が私に声を掛けて近寄り望月との事実関係を聞きたがっていたが、何の関係もなくただの噂話だと言いその場を凌ぐように交わすしか他がなかった。

他の教室へ行くと生徒たちも私の顔を眺めては噂話で盛り上げたい気持ちでいたが、冗談を飛ばしながら授業の終わりのチャイムが鳴るまで黙秘を貫いていった。


放課後、生徒たちが下校した後教室へ行き忘れ物などがないか室内を見渡して机を整頓し、用務員に声を掛けて教室の照明を消すように促した。

十八時。教員口用の玄関へ行き靴を履き替えて外に出て自転車を押しながら出入り口の所で乗って走らせていった。きっと周囲には私の存在は野暮な二重人格者のように見えているのだろう。


教師と人間、男性と雄。


どれをとっても私そのものだが、目には見えない獣の皮を覆ったこの男の人生は真面まともではない匂いを抱きながらひづめを立てては跡形もなく消し去っていくのかもしれない。

十九時。自宅へ向かうと一台の自転車が止まっていた。ドアの前に誰かがいる。


「先生」

──望月だった。

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