第7話

十月。上川地方にそびえる大雪山系に初冠雪の知らせが来て、福江の山間部にも朝晩の冷たい風が吹き初冬の時期を告げた頃、校内の各教室では二学期の中間テストが行われていた。


全行程が終わり後方から最前列まで渡して回収した解答用紙を受け取りまとめて整えると、生徒たちは出題された問題文を教科書やノートを見ながら照らし合わせていた。

職員室へ行くと他の教員たちも早速解答用紙の点数チェックを行なっていた。そこへ化学専門の教員である谷口が来て、テスト中に私のクラスのある女子生徒の一人顔色が優れない人がいたことを伝えてくれた。


すると遠くから誰かが廊下を走る足音が聞こえていたので、他の教員がドアを開けて注意を促すと、二組に居る入江が中に入ってきて何やらあたふためきながら私に寄ってきた。

望月が教室で倒れて身体をうずきなりながら苦しんでいるという。

保健室に連絡を入れた後、教室へ向かうと生徒たちが彼女を取り囲んで介抱しようとしていた。


「先生早く来て!」

「何があったんだ?」

「紗奈が急に胸が苦しいって言って床に吐いたの。そしたら、身体が動けなくなった。」

「入江、肩を貸してくれ。保健室に行く。……皆んな、床を雑巾で拭いて綺麗にして机も元に戻しておいてくれ」

「紗奈、紗奈!」

「望月、立てるか?」

「……まだ胸やけみたいなのがする。なんでだろう……」

「喋らないで。保健室に行こう」


生徒たちが彼女の背中を見守る中、保健室に着くと保健師の橋谷がベッドに横になるように促して、望月の上靴を脱がせて寝かせた。彼女はまだ息が荒く、また吐きたいから洗面器を貸してくれと言い、何度か吐き気をもよおしながら苦しそうな表情をしている。

入江には先に教室に戻るように伝えて、室内に三人で話をした。


橋谷の表情が暗くなる。重たい口を開き冷静になりながら私に向けて話しだした。望月の様子から見て、もしかしたら妊娠している可能性があると言い出し、相手の男子生徒や他の男性との接点はあるかと尋ねてきた。

私は心が硬直した。確かに思い当たる節はある。まさかと思うがこの場で私自身だと言ってしまうと驚嘆すると思いその時は黙秘していた。私も視線を落とし落胆した。


しばらくの間彼女を安眠させたいので私も職員室に戻るように告げて保健室から出ようとした時、橋谷は私を呼び止めた。窓際の机にある椅子に腰を掛けて彼女は次の質問をしてきた。


「望月さん、この一か月間生理が来ていないそうなんです。そのお話しは本人から聞いていましたか?」

「いえ、聞いていません」

「あと……以前他の生徒から聞いた話なんですが、平潟先生と望月さんがよくお二人で一緒に居る姿を目撃していると聞いています。かなり親しい仲だと……」

「誰がそんなことを?」

「先生のクラスの方たちです。恋仲になっているんじゃないかと噂が広がり、校内の他の生徒たちの耳にも届いているらしいんです。本当なんですか?」

「実は、彼女とは親しくしています。勉強を教えて欲しいと言われて、自宅にも何度か招いています。」

「生徒以上に望月さんの事を考えているんですか?」

「……少しは当たっています」

「今日あった事、何かお気づきになっていますか?」

「妊娠というのは心当たりはないです。僕も聞いて驚いています」

「他の男子生徒とお付き合いしていることはありますかね?」

「わからないです。彼女も他の男子たちとは時折会話している様子も伺っていますし。けれど、誰かと関係を持っていることは本当に知りません。」

「この件については私も黙ってはいます。もしご家族の方が訪ねてきた際には、先生にも立ち会うことになります。それはある意味覚悟しておいた方がいいでしょう」

「わかりました」


私は紗奈に伝えていなかった事がある。あの晩彼女を抱いた時、身体の一部を何かが弾いて離れた音を感じ、ベッドの辺りを見回していたら装着したコンドームが床に落ちていた。拾い上げて確かめると穴が開いて破損していた。

血の気が引き精子の数が少ない自分の身体にも疑いを持ち、もしかすると妊娠する可能性もあると考えてはいた。だが確信を恐れて誰にも言えずにいて、その確率は低くても的外れになれば良いなどと浮ついた気持ちを橋谷から言われる今日まで引きずっていた。


職員室へ戻り他の教員に話を伝えたあと、教室へ行きホームルーム時に望月の体調を話し安静にしていれば良くなるので放課後に私が自宅まで送っていくことにすると告げた。

生徒たちの表情も一旦穏やかになったが数名の生徒は私に向かって冷ややかな視線を送る者もいた。恐らく私と彼女の仲に疑念を抱きながら何かを察知している様子だった。


十七時半が過ぎたころ、私は更衣室のロッカーから手荷物を取り出して、教室にむかい彼女の荷物の入ったかばんを持ち、保健室へ向かい中に入ると、まだ体調の優れない彼女の姿が目に映った。先程よりかは持ち直したので自宅に帰れると言い、鞄を渡して一緒に保健室を出ていき、学校を後にして家路に向かった。


校門から出た後しばらく大通りの面した歩道を自転車で走らせ、やがて住宅地が並ぶ地帯の河原沿いに出ると、彼女は自転車を急ブレーキをかけてきたので、振り向いてまた具合でも悪くなったのかと尋ねた。


「どうしよう……」

「何?」

「私達の事、皆んなにバレているよね。」


私は自転車から降りてスタンドを立て、彼女のそばに寄って行った。


「とりあえず明日学校を休みなさい。橋谷先生が親御さんに今日の事を連絡してある。」

「お義父さんに、殺されるかもしれない……」

「まず家にかえりなさい。帰ってゆっくりした方がいい。何かあったら先生もお家に立ち寄らせてもらうから。」

「どうしたらいいの?」

「望月。あまり深く考えるんじゃない。もう寒くなってきているから帰りなさい」

「はい……」


望月は再び自転車を漕いで自宅に帰っていった。私も反対の路地に入り自宅へと向かっていった。

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