第4話

八月。田畑の蛙やひぐらしの鳴き声が一向に止まない中、盆の明けの前の夕刻、灯籠とうろ流しの日を迎えた。


人々は皆一斉に市内に繰り出して賑わいを見せる。上磯湾に繋がる大野川の河川敷には各家庭から持ってきた灯籠を川の流れに沿って流していく人たちがそれぞれ死者の魂へのとむらいに手を合わせて祈りを込めている。私も昨年暮れに他界した祖父母の分の灯籠を持ち、順番に列を待ちながらその灯火を見つめていく。

やがて自分の番が来てそっと静かに灯籠を流して合掌した。


人の流れも変わり上磯漁港の近くの海岸沿いに構えた露店へと繰り広げていく。

地元特産のイカ焼きや焼きそばの香ばしさ、綿飴やかき氷を手に取る幼い子どもたちの笑い声、金魚やヨーヨーすくいの屋台で大人たちも交えながら湧き上がる歓声。こうして眺めていると、十代の頃家族や友人と一緒に来た思い出が蘇る。


すると同じ高校の生徒たちも数名に出会でくわし挨拶を交わした。数メートル離れた場所からクラスの生徒たちが近づいてきた。その中に望月の姿も見かけると私に気づいて、着ている浴衣の袖から覗く腕を振ってきた。


「こんばんは」

「皆んな来ていたんだな」

「先生もしかして一人?」

「ああ。灯籠流しのついでに立ち寄った」

「だったらさ、皆んなで花火見ようよ。先生も行こうよ」

「少しくらいなら良いよ」


皆が喜ぶと海岸沿いの近くまで歩いてきた。その時望月が持っていた巾着袋の中の財布がない事に気づき、探してくると言ってきたので、私も彼女に付き添うと伝えて後をついて行った。

露店沿いやその周辺も見回したが見つからない。更にそこから離れた場所に来ると、彼女は立ち止まり振り返った。


「皆んなからだいぶ離れたよね?」

「望月、財布どうする?案内所に行くか?」

「その必要はない」

「どうして?」

「……ごめんなさい。財布あるの。」

「何やっているんだよ……皆んな待っているから戻ろう」

「二人きりになりたかった。お願い、ここからでも花火見えるから……一緒にいてください」


私はやや呆れたが、仕方なくその場所に留まることにした。

やがて防波堤の灯台の海域から一発目の花火が打ち上がると、海岸沿いにいる人々の歓声が上がっているのを耳にした。次々と夜空を彩る花火が咲いていくのを彼女と一緒に並んで眺めていた。


「先生」

「何?」

「手を繋いで」

「……良いよ」


お互いに手を繋ぎしばらく花火を見ては、私は彼女の優しい横顔に気づいてしばらくそちらに気を取られていた。


「綺麗……また来年も見れるかな?」

「彼氏と?」

「何言ってるの……また先生と一緒が良い」

「望月」

「何?」

「もっと傍に来て……浴衣似合ってる、可愛い」

「ありがとう」

「望月。」

「はい。」

「僕は……望月が好きだ……」


不甲斐ない自分を壊したかった。これまで取り繕っていた素行に一歩足を踏み出し、抑えていたありったけの思いを振り絞るように彼女への純愛を抱いて不器用なりに勇気を出して告白をした。

そこには偽りはなく今の素直な自分を伝えたいという一心だった。彼女もそれに応えてくれたようでほがらかな笑みを浮かべて頷いた。私達は見つめ合い夜空に消えていく花火の響く音を聴きながら、唇を重ね合わせた。


──「なんか来ないね。大丈夫かな?」

「まさか、あの二人抜け駆けした?」

「今頃気づいたか?」

「何よそれ、知っていたの?」

「他のやつらも皆んな気づいているよ。だってさ、俺ん家の近くに望月の家があるんだけど、先生の家によく出入りしているみたいだし」

「マジ、ヤバくない?奥さんいるのにデキてるの?」

「そのうち学校中にバレるよ。」

「まだ一年なのに……紗奈、やる事早すぎるよ。上級生から絡まれたらどうするのさ……」

「ウチらの街小さいからすぐ知れ渡るよな。田舎ってそこが怖いとこだし」

「とりあえず黙ってよう。そのうち望月から話すと思うよ」

「あんた冷静だね。もしかして紗奈の事好きなんじゃないの?」

「変なこと言うな」


生徒たちが噂話で盛り上がるなか、花火は終わりまた人の群れが市外へと散らばり出していく。その後を追いかけて私と望月は生徒たちと合流してそれぞれの家路に向かって行き、家々の明かりがぽつりぽつりと照らしていった。

農道に差し掛かったところで皆と別れて、望月と二人で河原沿いを歩いていった。


「お家の人、元気?」

「お義父さん相変わらず口うるさいよ。これから帰ったらまた文句言ってきそう」


彼女の今の父親は母親の再婚相手の人で、価値観の違いからか一人っ子の彼女とは家の中にいても疎遠している感覚になっていると話していた。彼女の家の近くの路地に来たところで別れを告げようとした。


「……じゃあ、また休み明けに学校で会おう」

「はい。先生……」

「何?」

「前に話していたあの事、考えてくれそう?」

「……ああ、あれか。」


彼女から依頼された「精子」の事柄。

事情を聞き出そうとしたが、帰る時間が迫っていたので、次に私の自宅で話し合おうと声をかけると、彼女はうなずいた後俯うつむきつつ背中を向けて家に帰っていき、私も別の路地を歩いて自宅に帰っていった。

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