026 来訪者
「ありがとう、シィルフィちゃん」
そう言ってシィルフィの手を取る。シィルフィは少し驚いたようで目を丸くするが、すぐに元の様子に戻る。
「ペンネ様。今から一度家に戻るのは危険でしょうか?」
「うーん、やめておいたほうがいいと思う。魔物がどこにいるか分からないし、森の中だといざという時に逃げ切れないかも。ライカやクロームが周囲を警戒してくれてはいるけれど……」
そういってライカやクロームを確認するが、こちらを振り向いた2人はそれぞれ首を横に振る。蛇の具体的な居場所が分からない今、森へ戻るのは自ら死地へ足を踏み入れるようなものだ。
「状況次第だけど、また戻ってくることはできるから安心して。街の出入りが制限されてようが、空を飛べば関係ないから」
「空を……?もしかして、さっきから浮いてるあの絨毯で、ですか?」
「そ。あれで街からここまで来たのです」
空を飛ぶための魔道具を魔筆で作るにあたって出てきた〈魔法の絨毯〉というアイデアは、とある記憶によって得たものだ。したがってそのアイデアを借りただけにすぎず、また魔道具作製も魔筆あってのことなのでペンネが何か凄いことをしたという訳ではない。
なのだが、空に漂っている絨毯をシィルフィは目を輝かせて眺めている。その様子はまるで凄いものを見つめている幼い子供のような様子で、そんな様子を目の前で見せられると少し罪悪感が生まれる。
少しするとシィルフィははっと我に返り、何かを考え込むような素振りを見せる。
「杖さえあればいいかな……」
そんなことを小さく呟いたシィルフィは杖を体に引き寄せるようにして抱きしめる。何度かこの大きな杖を見ているが、街で見かけるような杖とはどこか纏っている雰囲気が違うと感じる。一目見ただけでも価値のあるものだと判断できるほど大きくそして神秘的な雰囲気を漂わせている薄緑色の水晶。その石を乗せている木で作られた焦茶色の杖もきちんと手入れがされているようで、細かな傷といった年季を感じさせる部分さえも味わいと包括している骨董品のような佇まいだ。
「その杖は大切な物?」
「はい、お母様が使っていた物なんです」
シィルフィにとって不釣り合いな大きさなのも形見の杖であるなら納得がいく。魔法使いにとっての杖は、剣士にとっての刀剣と同じである。自分の体格に合い、手に馴染むものを選んで扱うのが好ましいとされる。
だが亡き母が使っていた杖を使いたいという気持ちを、ペンネもわずかではあるがその気持ちは理解できる。ペンネの恩人である魔女アルトアートからもらった、ペンネにとっての杖ともいえる魔筆【
しかし杖さえあればいいと言うが、実際にはそうは行かない。
「寝床や食事のことなら心配しないで。数日分は私がどうにかできるから」
「えっ?」
「…あっ、魔物の件が落ち着いたらお金は少しでも返してもらえると嬉しいかな」
「それは当然返しますが……そこまでしてもらえるんですか?」
「もしかして迷惑だった?」
「迷惑だなんてそんな……ただ、どうしてそんなに親身になってくれるのか気になって」
(私がそうしたいと感じたから……なんて言ったら変に怪しまれるよね)
「うーん……それについては街に行くまでに話すよ。とりあえず今はここを離れよう」
そう言うと、シィルフィはこくりと頷く。時間にしては数分程度しか滞在していないがこの場を早く離れることに越したことはない。
「ライカ、クローム」
「はい、ペンネ様。異常はありません」
絨毯へ近づきながら声を掛け2人の従者を呼び戻す。森側へ散らばっていったクロームの《
自分の目でも見渡し確認するが、森に変わった様子はない。
視線を移し漂う絨毯をそっと撫でて状態を確認する。一番丈夫そうな絨毯を選んだのでまだ〈制限時間〉は余裕があるようで、綻びや千切れといった変化は見られない。
「それじゃ街へ帰りますか――」
シィルフィや従者達の方へ振り向き、そう告げる。
違和感が、あった。
ライカの後方、自身から見て2時の方角。森と丘の境目の辺り。
先程は何もなかったその地点、実際に今も何もない。ないはずなのだが――。
その場所で不意に、白い花びらが舞い上がり――そして吹き飛ばされるように散った。
「――伏せてっ!」
「ひゃっ!?」
そう言いながらシィルフィの体を押さえ込み、うつ伏せになって体を低くする。
一瞬だけ動作が遅れたライカも伏せ、ペンネが見ていた方角へ振り向く。
その瞬間、先程花びらが舞い上がった場所と正反対の方向――つまりはペンネ達の後方から何かが衝突したような大きな音が響いた。
空を浮いていた絨毯が、真っ二つに裂けて吹き飛ばされていた。
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魔法使いのペンシィル ~魔筆の少女と精霊の乙女たち~ 咲良あらじ @sakira_araji
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