025 再見、森の魔女様の娘
南の森に近づくにつれ真っ白な花が地面を覆い尽くす勢いで咲いている丘が見えてくる。一晩のうちに丘一面に花が咲き乱れる景色。ペンネの魔筆によって魔力が込められた種は問題なくイメージ通りに花を咲かせたようだった。
その丘で唯一花が咲いていない箇所、森の魔女様の墓標より少し離れた場所へ空飛ぶ絨毯を着陸させていく。操縦棒代わりの魔筆の筆先を絨毯から離すと絨毯はゆっくりと高度を落としていく。花を潰してしまわない程度の高さまで降ろしたら、魔筆ですかさ《止》と絨毯に書き込む。すると絨毯はその場に留まるように
「ペンネ様、周囲に怪しい気配はありません」
先に降りたライカが辺りを警戒し安全を確認する。
ライカの肩に乗るクロームも《
2人が周囲を確認している間に絨毯から下り立ち、先程まで乗っていた空を浮く絨毯の状態を確認する。
偽の魔道具には運用に制限時間があり、その時間は様々な条件で変化する。主に魔道具の素材となる品の良し悪しや、注いだ魔力の量に左右される。
例えばブロンズボアを街まで運搬するのに使用した革手袋は実際に街の工房で使われている代物だ。ワーラの街の工房で購入し譲って貰った品ではあるが耐久性に難があり品質があまり良いとは言えない。
それに加えて2つの魔法――ボアを運ぶための《重量軽減》の魔法と見た目を篭手に変化させる《変化》の魔法のイメージを魔筆文字に込めたため制限時間がより短くなった。魔力は注げば注ぐほど良い、というものでもない。過ぎた量の魔力を込めると素材がその魔力に耐えきれなくなり崩壊までの時間が短くなる。故に複数の魔法を同時に発現させたり、強力な魔法のイメージを込めた魔道具は長くは持たない。
その点この絨毯は見た目こそ無地で素朴ではあるが、生地は厚く丈夫に織られており耐久性は問題なし。込めたイメージは《飛行》と《疾駆》の2つではあるが、《疾駆》は《飛行》のイメージを補強する補助の役割を果たす魔筆文字なので、異なる魔法を込めた革手袋の時と違い負担は少ないはずだ。街へは制限時間に余裕を持って帰れるだろう。
魔核を3個取り出し、手に取った中で一番大きかった魔核に魔筆文字を書き込む。《探》とその補助文字である《蛇》と書かれた魔核を前方の花畑に投げ入れ、手に残った魔核で魔筆の魔力充填をしておく。
「あの
そうしている間にクロームから声が掛かる。あの娘とはシィルフィのことだろう。昨日森の魔女様の墓標を訪れた際もこの時間帯だったため、前回同様ここにいれば墓標を訪れる彼女と会えるという読みは当たったようだ。
「あっ…!」
森を抜けこちらを視認したシィルフィがこちらへ駆け寄ってくる。両手で前方に抱えた大きな杖、その上に取り付けられた薄緑色の水晶が、昨日出会った時や初めて彼女を見かけた時と同じように夕日を浴びて煌めいている。
「こんにちは、シィルフィちゃん。また会いに来ました」
「こんにちは。ペンネ様、あの空に浮いてるものは…?それにこのお花畑――」
「あーうん。お話したいのは山々なんだけど」
一度咳払いし、彼女の瞳を改めて見つめて口を開く。
「急いでるから要件を言うね。私達と一緒に来て欲しい」
「…へえっ?」
分かりやすいように端的に話したつもりだったのだが、シィルフィは力の抜けた声を出し眼を丸くして固まってしまった。
「ペンネ様、それだとまるで勧誘しにきたような物言いに聞こえます」
シィルフィがいるため言葉を発することはないが、ライカと同意見なのかクロームもうんうんと頷いている。
2人の従者から指摘が入ったので、シィルフィに改めて1から説明する。
「ごめん、詳しく言うね。今さっきタンダルに重傷を負った冒険者が帰還してきたの。なんでも蛇な魔物と戦闘になって命からがら逃げてきたらしくて。その魔物が南の森へ移動したって情報があったから、シィルフィちゃんが心配になって来たのです」
その情報というのはクロームの影が犠牲になって得たもの、ということは伏せて話す。しかし情報には違いないので嘘は言っていない。
「あの……それで私と来るように、というのは?」
「その魔物、とても強力な個体みたいなの。銀級冒険者が犠牲を払って撤退するぐらいには。シィルフィちゃん1人だと危ないかもしれない。だから、私達と一緒に一度街に避難してほしくて」
全てを話せるほど仲が良くなったわけではない。ペンネ自身、ここまでシィルフィに入れ込むほどの確固たる理由があるわけでもない。ただ彼女を危険な目に遭わせたくないというという思いだけでここに来た。その気持ちに嘘偽りはない。
しかしシィルフィにとってはどうだろうか。昨日会ったばかりの、信頼していいかも分からない人間にいきなり一緒に来て欲しいなどと言われても困惑するだけではないだろうか。現に、今の彼女は少し困ったような戸惑った表情を浮かべている。
「ここ数日、森の様子がおかしくなかった?例えば急に魔物を見かけなくなったとか」
「魔物……。確かに、最近あまり見かけなかったような?」
「やっぱり。今日行った北の森でも魔物を全然見かけなくて。冒険者ギルドでも魔物が少ないという報告があったみたいなの。その原因、今回の蛇の魔物のせいかもしれないんだ」
魔法鞄から〈黒の魔核〉を取り出しシィルフィに見せる。
「これは今日北の森で討伐したブロンズボアの魔核。黒土の国の魔物の特徴である〈黒の魔核〉を持ってた」
「北の森に黒土の国の魔物が……?」
「そうなの。そしてその魔物は様子が少しおかしかった。まるで何かから逃げるように北へ走ってた」
「逃げるように……」
シィルフィがペンネの手の内にある〈黒の魔核〉を見つめて呟く。
「信じるかどうかはシィルフィちゃんに任せるよ。今まで話した情報もこの〈黒の魔核〉も全部私がでっちあげた嘘かもしれないし。ただ、私はシィルフィちゃんに信じて欲しい」
信じるか否か、また共に街へ行くかどうか。その全ての決定権はシィルフィ自身にある。しかしできるならこちらの手をとって欲しい。そんな思いで彼女の眼を見つめる。
そんなペンネの様子を見て、戸惑った様子を見せていたシィルフィが恐る恐る口を開く。
「どうして、自分も危ない目に遭うかもしれないのにここに来たのですか?わざわざ私を捜しに――」
「実を言うとね、自分でもあんまりよく分かってない。でも、シィルフィちゃんに危機が迫ってるかもしれないって考えたら自然に体が動いたっていうか――」
自身で口にしておきながら、なかなか恥ずかしい台詞を口にしていることに気付いて思わず目を逸らしてしまう。手持ち無沙汰となり行き場のない手が自然と動いて頬を指で掻いてしまう。
そんなペンネを見て、シィルフィが口元に左手を当て「ふふっ」と微笑む。
「分かりました。ペンネ様を信じます」
「えっ」
こうも簡単に信じられるとは思っていなかったため、思わず声が出る。
「……どうしてペンネ様が驚かれるのですか?」
「あいや、こんなあっさり信じてもらえるとは思ってなかったから。……あっ、信じて欲しかったのは事実だよ?」
「ペンネ様が嘘を言ってないのは眼を見て分かりました。そもそも、騙そうとしている人が自分の言葉が嘘かもしれないなんて言わないと思います」
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