024 夕空を駆ける

 昨日街を見て回った時に絨毯を取り扱う店を見かけた。そこへ赴き店主の年老いた女性から絨毯を購入する。それは濃く暗い朱い色をしていて複雑な模様が描かれていない無地の絨毯だった。厚めに織られているその絨毯を丸めた束はずっしりと重く、ペンネであれば担いで走ることは無理な重さだ。しかしライカはそれを難なく持ち上げ運ぶことができた。

 それを人目の付かない路地裏まで運び出し地面に広げる。重そうな音を立てて広がるそれはペンネとライカが横になって寝転がることができそうなほど大きかった。その端を両手で引っ張って改めて確認してみるが、ペンネがどれほど力を込めても生地は伸びず裂ける様子もなかった。

「これだけ丈夫なら問題なさそう」

「あの、ペンネ様……この絨毯をどうするおつもりですか?」

「これを空飛ぶ魔道具にする。空を飛んで南の森まで行くの」

「空を飛ぶって……大丈夫なの?」

「これだけ丈夫な絨毯なら大丈夫。早速準備するね」

 魔法鞄から魔筆【夢描く筆ドローム】と少し大きめの魔核を取り出す。そうして魔筆を右手に持ったなら、左手に持った魔核に脳内に浮かぶイメージを魔筆に込める。

 この絨毯を浮かび上がらせる魔法。

 それに乗って空を駆ける魔法。

 魔核へ書き込む文字は《飛》と《駆》。

 それを手に持ち絨毯へ乗り込み座る。2人にも乗り込むように催促するとライカは迷うこと無く、クロームは未だ信じられないといった様子で恐る恐る絨毯へ乗り込んでくる。

 そうして全員が座ったことを確認して、手に持った魔核を絨毯の中心付近へと押しつける。魔核が徐々に小さくなっていく感触を掌で感じ取り、手の中から魔核が無くなったのを確認すると同時に、3人の乗った絨毯がゆっくりと浮かび上がり地面から離れていく。

「これは……!」

「ちょ、ちょっとこれホントに大丈夫?落ちない?」

「暴れなければ大丈夫だよ……多分」

「多分!?」

 珍しく狼狽えた声を上げるクロームは側にいたライカの膝の上に乗り込み体を預ける。ライカもそんなクロームを手で軽く覆い支える。

 そうこうしている内にも絨毯は高度を上げ続け、タンダルの街の中心の全体を見下ろすことができる高さまで上昇する。

 ふと西門がある場所を見ると、街の外には兵士が大勢いるのが見えた。

「あの様子だと門を通って外に出るのは不可能でしたね」

 同じ方向を見ていたライカが呟く。

 あの兵士達は恐らく今回の騒動を受けて街の近隣を警戒に当たるのだろう。そうして街の安全が確認されるまでは門を通り街の外へ出るのは制限される可能性が高い。他の門もその内制限されるかもしれない。

「そうだね。……しばらくは街から出られない窮屈な生活になりそう」

 ペンネに実力があれば。森の魔女様のような――過去に黒猪こくちょ『ブラックキングボア』を単独で撃破した魔法使いのような力があれば、倒すという選択肢もあったかもしれない。

 しかしペンネはこの春から活動を開始したばかりの新米の見習い冒険者である。強個体の可能性がある魔物と対峙するにはあまりにも時期尚早だろう。経験も知識も実力も何もかも足りない。魔筆という特別な力はあるが、その力に驕り対局を見誤り命を落とすようなことは避けるべきだ。

(私の魔女様なら、皆を助けるためにきっと倒しちゃうんだろうな)

 そんな思考から生み出される僅かに燻る思いをかき消すように首を軽く横に振る。戦いに行くわけではない。戦おうと思ってはいけない。仮に遭遇したとしても、逃げることを第一に考えなければいけない。そう自分に言い聞かせる。

 夕暮れの冷たい風が肌を撫で髪が靡く。高度を上げた絨毯はいつのまにか空中で制止しており、あとはペンネが指示を出せば南の森まで飛んでいくことができる。

「それじゃ、南の森へ向かうよ」

 ライカとクロームに声を掛けると2人ともこちらを見て頷く。

 それを確認し、魔筆【夢描く筆ドローム】の胴軸を右手で握りしめる。水晶のペン先を下に向けて魔筆を垂直に構えて絨毯に押しつけ体の反対側へ魔筆を傾けると、空へ浮かぶ絨毯がゆっくりと前方へ動きだす。

 奥へ押し込むと速度が上がり、手前へ戻すと減速。左右に傾ければ傾けた分だけ対応した方向へ進路を調整できる。そうして何度か操作性を確認した後、南の森を目指して速度を上げた。



 夕日に染まる空を絨毯が駆けていく。

 空を滑るように朱い絨毯が進んでいく。

 徒歩では1時間ほど掛かった行程だが、このまま空を飛んで行けば30分も掛からないだろう。南の森の北端、森の魔女様の墓標がある丘が徐々に見えてくる。

 魔筆を握る右手を少し緩め指の間から魔力の残量を確認する。この絨毯を魔道具にした時に消費した分、そして今この絨毯を操縦して消費している分で既に残量が6本になっている。

 魔法鞄から魔核を取り出し魔筆の魔力を補充しておく。丘に近づいた際にもう1度補充しておけば、もしもの事があっても魔力切れになるようなことはないだろう。

「1つ、改めて言うのだけど」

「うん?」

「あの蛇、あたしの《影猫シャドウ・キャット》が警戒していたにも関わらずまったく気付けなかった。生きていれば魔力はあるはずだし、動くならば気配もある。それなのに、完全に不意を突かれた」

「そういえば帰還した冒険者も蛇が急に現れた、と言ってましたね」

「魔力が探知できず、気配もなく。その上、急に現れる……」

 このノルーサの大地に生きるものは少なからず魔力を持つ。

 しかしペンネはその常識から外れている、魔力を持たない存在である。今まではこの世界で唯一であると思い込んでいたが、もしかしたらくだんの蛇も魔力を持っていないのではないか。

「クロームはその魔物がどうして蛇だと分かったの?直前まで気付かなかったんだよね?」

「喰われる直前に一瞬だけ奴の姿を見ることができたわ。……あんまり思い出したくないんだけど」

「ごめんね、でも大事な事だから。……その時って魔力は感じた?」

「魔力……そうね。それまで感じなかった魔力が自分の背後で感じた。だから振り向いてその姿を確認できたのよ。そういえば、魔力だけでなく気配も感じたわ」

 魔力を感じたというなら蛇が魔力ゼロである可能性はなくなった。

 しかし、それなら何故クロームの影は蛇の接近を許してしまったのか。何故それほど接近しても魔力や気配を感じなかったのか、発見できなかったのか。

「蛇は魔力や気配、姿を消せる……?」

 今の話を聞いた限りだと襲われるその瞬間まで魔力や気配を感じ取ることができなかった。逆に言えば襲われる時はそれらを感じ取ることができた。それは蛇が自在に魔力や気配を発したり消したりできるからではないだろうか。

 襲う瞬間だけ姿を現す理由は不明だが、できるのであればわざわざ姿を現す必要はないはずだ。襲う時はそれらを消したままにできない、と考えるのが自然だ。

 姿を消して接近していた蛇が姿を現して襲いかかってきた。だから冒険者は蛇が急に現れたと感じたのではないか。

 完全に姿を消してしまう魔物ならばどうしようもないが、わずかでも姿を現す瞬間があるのならその動きを一瞬封じることはできるかもしれない。

 遭遇しないことを祈るしかないが、遭遇してしまった時のことも考えて対策を練らないといけない。後で使うことになる魔法のことを考えながら、絨毯の操縦へ意識を戻した。




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