022 冒険者の敗走とクロームの異変

 宿屋へ戻るライカと一旦別れ、西門の近くにできた人だかりへ小走りで向かう。

 往来の邪魔にならないように通りの脇にできたその人混みの囲いの外まで近づくが中の様子が見えない。声を掛けながら人と人の隙間を縫っていき、前列に入らせて貰いこの喧騒の正体を確認する。

 門兵が数人いた。その門兵達が冒険者らしき数人を介抱しているのだが、その痛ましい姿が目に映り思わず息を呑む。

 男性の右腕、本来あるはずの部位――肘から先の肉体が損失していた。布とロープで簡単な止血処置が施されてはいるが、男は顔を歪め時折悲痛な声を洩らしている。

 ある別の女性は遠目でも分かるほど顔が青ざめており震えている。小さな木箱に腰掛けており目立った外傷はない。

 また別の女性は麻布の上に仰向けになって横たわっていた。彼女もまた外傷はないように見えるがその呼吸は苦しそうで門兵の呼び掛けにも反応がなく意識が無いようだ。

「(あの気を失ってる人は……魔力切れかな)」

 魔力切れは自らが持つ魔力量を越えて魔法を使った際に発生する症状だ。初期症状は身体に過剰な負荷を掛けた事による意識の喪失。その後の症状は当人の技量、応急処置の有無、元々どれだけ魔力を持っていたか、どれだけ限界を超えて魔力を使ったかなどにも左右されるが良くて数時間から数日の昏睡、ひどい場合は魔法が二度と使えなくなり最悪の場合は死に至る。

 と、メェ姉様の授業で習ったその内容を思い出す。彼女が魔力切れを起こしているならば暫く目覚めることはないだろう、などと考えながら目を逸らしたくなるようなその惨状をただ立ち尽くして傍観する。

 その間にも門兵による応急処置の準備が進み、水桶や布、薬やポーションの入った小瓶などが地面に敷かれた麻布の上に次々と置かれていく。横たわる女性はその口に少しずつポーションを注がれ、そのほとんどをむせ返り吐き出している。

「魔物にやられたらしいぜ」

「嘘だろ?あいつら結構強いパーティだって話じゃなかったか?」

「怖いねぇ」

「かなり痛そうだけど大丈夫かしら」

 そんな小声の会話が周囲のあちこちで行われている。

「ペンネ様、これは……?」

 そこへ宿屋から戻ってきたライカが人混みをかき分けるように後列から出てきた。先程までブロンズボアの肉が抱えられていたその腕には代わりにクロームがいる。

「魔物にやられたみたい。今、手当を受けてて――」

「おい、大丈夫か!?」

 ライカに見聞きした情報を簡単に説明しようとすると会話を遮るように大きな声が響き渡る。その声の主へ振り向くと、初老の男性がこちらに早足に向かってきていた。自然と人混みが動き道ができ、手当を受けている冒険者達の元へ男性が近づく。その後ろを3人が続く。その3人は服装から見るに冒険者ギルドの職員のようで、よく見れば初老の男性も彼らと似たよう服装をしている。

「ギ、ギルドマスター……!」

 小箱に座り震えているだけだった女性がその男性の顔を見て、口を開き小さな声で男性を呼ぶ。

「おい、何があった。お前は大丈夫なのか……?」

「はい、私は大丈夫です。大きな怪我もしてません。でも……」

 女性は心配そうな表情で周囲の見渡す。男性は苦悶の声を上げて、女性は尚も呼び掛けに反応はない。

「金級目前だったお前達が……一体何があったんだ」

「魔物です。真っ黒で大きな蛇が私達の前に急に現れて。襲いかかってきたので戦ったんですが、剣も魔法もまったく効かなくて……」

「剣も魔法も効かない?」

「はい。その内アガータさんが腕をやられて、ジュリンさんも魔力を使い切って……」

 女性の証言を聞いた、ギルドマスターと呼ばれたその男性は腕を組み小さく唸っている。その顔はこちらからはあまり見えないが、話の内容から険しい表情をしているのだろうと推測できる。

「……そういえばあいつ、ゲルマは一緒じゃなかったのか?」

「……ゲルマさんは『このことを街に伝えろ』と言って、私達を逃すためにあの場に残りました。私達、悲鳴を上げる彼を見捨てて――」

 そこまで話したところで当時の状況を鮮明に思い出したらしい彼女は、感情が高ぶってしまったのか下を向き肩を震わせ始める。声を上げることはなかったが、何もない地面を見つめる彼女のその目元から一滴また一滴と光が落ちていく。夕日を吸い込み紅くなったそれは煌めきながら落ちて、そして砕けた。

 その様子を見て、そして聞いていた周囲の野次馬が徐々にざわつき始める。

 金級に近い実力を持った手練れの冒険者達の敗走。彼らの仲間の最期。そして彼らをここまで追い詰めた脅威の存在、大蛇。「次にこの街に来るのではないか」「また強個体が来たのではないか」「森の魔女様亡き今、街にいる冒険者だけで倒せるのか」などと各々不安を口にし、その動揺はあっという間に伝染していく。


 ――パンッ!!

 パニック寸前といった様子であったその場に一際大きな音が響き渡る。混乱し恐怖に呑まれそうになっていた群衆が一瞬で静まりかえる。音の主を確認すると、ギルドマスターが自身の目の前で手を組んだ姿勢で静止していた。どうやら手を叩いて音を出したらしい。

みなの気持ちは痛いほど分かる。強個体なのではないかという不安もな。だが、このタンダルの街もこの十数年何も備えてこなかった訳ではない」

 ギルドマスターが軽く息を吐き、そして続ける。

「どんな魔物が現れようともこの街は負けはしない。正式な情報は追ってだすので、どうか今はこの場を解散してほしい」

 ギルドマスターはそう堂々と言い放つとギルド職員に何か指示を出し、それを聞いた職員はそれぞれどこかへ走り去っていく。

 それと同時に周囲の群衆も散り散りにその場を離れていく。しかしその顔はどれを見ても不安で仕方ないといった様子だった。



「……ペンネ様」

「うん、さっき言ってた大変なこと、起こってしまったかもね。しかも思っていたよりもより深刻な事態に」

 周囲に人がいなくなったのを見計らって、前を見たまま口を開く。

 街の人の暗い顔。先程まで感じなかった夕暮れの冷たい空気。尚も治療を受ける冒険者達。それを険しい表情のギルドマスター。

 今さっきまで活気に溢れていた大通りも、尋常ではない様子が伝わったのか静まり返っている。

 もし上位の銀級冒険者を打ち負かす力を持った魔物が街へとやってきてしまったら――。

 もし門兵や冒険者達が討伐できなければ――。

 そんな不安が街を塗りつぶしてしまったかのような、そんな空気が伝わってくる。


「……っ!」

 ふと声が聞こえたのでその方向へ目をやれば、ライカに抱かれているクロームの様子がおかしい。呻き声とでも言えばいいのか、苦しげな音が口から洩れている。

「クロームっ!?」

「どこか、人気のない路地へ行こう……!」




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