021 懸念材料、そして騒動の予感

「シィルフィちゃんが私のことを探してたんですか?」

「ああ。……その様子だと会えなかったみたいだな」

 道具屋の店主は顔を指で掻き、少し困ったような様子でその訳を話し出す。

「今日の昼前ぐらいに魔女様の娘さんが訪ねてきて、あの薬を買っていった同い年ぐらいの女の子のことを聞いてきてな。恐らく嬢ちゃんのことだろうと思ったんだが、どこにいるかは分からないって答えたら街を探してみると言ってたんだ」

「そうだったんですね、今日は朝から北の森に行ってて少し前に帰ってきたんです」

「そりゃどこを探してもいないわけだ。娘さんはどこか落ち着かない様子に見えたんだが、何かあったのか?」

 恐らくは昨日ペンネが仕掛けた花の魔法がイメージ通りに発現したのだろう。森の魔女様の墓標がある緑の丘。今はそこを埋め尽くすほど白い花が咲き乱れているはずだ。その様子を想像して口角が少し上がる。

 ふとライカの顔を見ると、こちらを半目で見つめている。怒っているようではなさそうだが、その目は何かを訴えているような気がする。

 この後に行われるであろうお説教の気配に軽い寒気が走るが、一先ずは何も知らない風を装い店主と会話を続ける。

「昨日シィルフィちゃんに会いに行ったんです。今日は会う予定は特にしてなかったけど……?」

「そうだったのか」

「(……ペンネ様)」

「あ。……お兄さん、私達このお肉を『パルピー』の女将さんと分ける約束をしてるのでもう行きますね。またシィルフィちゃんには会いに行きます」

「おっと、引き留めて悪かったな。……この街にいる間、あの子と仲良くしてやってくれ」




「シィルフィちゃん、道具屋のお兄さんにはあの魔法のこと何も話してなかったみたいだね」

「そうですね。……ペンネ様」

「分かってるよっ、派手なことは控えるから。ね?」

 宿への帰路でお説教されては、この後の夕食の支度に支障が出てしまいそうだ。なので先手を打って、横に並んで歩くライカの顔をのぞき込むようにして謝る。

「あ、いえ。その事についてではなく」

「もしかしてお咎めなし?」

「それは後ほど。……例のブロンズボアについてです」

「ブロンズボア?今日狩ったあのボア?」

「はい」

 ライカはあくまで推測なのですが、と前置きして歩きながら話を続ける。

「〈黒の魔核〉を持っていたことを加味して考えると、あのボアは黒土こくどの国より逃げてきたのだと思われます」

「逃げてきた?」

「はい。あの時、ボアは南の方角から現れました。最初は騒ぎを聞きつけてやってきたのだと考えていました。ですが黒土の国から逃げてきたボアの進路上、北へ逃げている途中に私達がいた――そのような印象を受けます」

「……どうしてそう思ったの?」

「もしあの魔物が黒土の国からタンダル側へ迷い込んで、南の森から北へ進んできたのであれば。北の森への進路上にはこのタンダルの街があります。人間が数多く暮らすこの地を素通りすることは通常であれば考えられません」

 魔物は人を襲う存在である、彼らにとって人間を襲うことは息をすることと同じ――本能である。ライ爺はそう言ってた。

 つまり人間が住む集落があるのに、そこに近づきもしないのはおかしいと言いたいのだろう。常識で考えればあり得ない――通常であれば。

「ボアの様子に違和感を感じた、と言ったのを覚えていますか?」

 その言葉にライカを見てゆっくりと頷く。北の森を出た後、ライカは戦闘したボアの様子がいつもと違うと話していた。その違和感の正体が分からない、とも。

「ボアに感じた、言葉にできなかったあの謎の違和感の正体が分かりました。――です」

「怯え……?」

「何に怯えていたのか現状では分かりません。ですが」

 ライカは声を潜め、2人しか聞き取れない声量に話す。

「魔物であるベアが恐れをなして逃げ出し、道中このタンダルに脇目も振らずに北へ逃げ出すような何か。黒土の国との国境くにざかいで異常が発生した――そう考えると不自然なほど全てが繋がるのです。例えば、

 一層声量を落として放たれたその言葉に思わず息を飲んでしまう。敢えて言葉を濁したその言葉は、先程解体屋で話していた脅威の存在――そんな存在がいる可能性がある言えば街がパニックになるかもしれない『強個体』のことを指していることがライカの目から読み取ることができた。

「ペンネ様もライ爺様に聞いたことがあると思うのですがが、強個体やつらは魔物にすら恐れられる存在だそうです。であれば、ボアが逃げて北上したのも森の魔物の分布がおかしいのも説明がつきます。強個体やつらを恐れる魔物達が逃げ、あるいは逃げるように住処を移したのだとしたら――」

 そういえば今日狩ったゴブリンも新しい住処を組み立てている途中だった。彼らも強個体から逃げるように住居を移した直後だった可能性がある。

「本当にそうだったとしたら、大変なことになるよね。誰かに伝えなきゃ――」

「いえ、何度も言いますがここまでの話はあくまで推測。断片的な情報を組み合わせた結果浮上した可能性の話なので、決め手となる証拠がないのです。冒険者ギルドを動かすだけのもっと決定的な何かがなければ」

 ライカの言う通り、ここまでの仮説はライカの知識やクロームの探索結果から立てたものだ。今のままでは冒険者ギルドへ掛け合ってもまともに取り合ってはくれないかもしれない。

「国境で何かあったのだとしたら、南の森に住んでるはずのシィルフィちゃんが危ないよね」

「杞憂であって欲しいですが……万が一ということもあります」

「となると……明日は南の森の国境付近を調査かな。黒土の国には近づきすぎないように、ね」

 そんなことを話ながら大通りを西門へ向かうように進み、宿屋『パルピー』を目指す。

 宿のある路地へ入るため左へ曲がろうとした時。ふと西門を見ると、人だかりができているのが見える。何やら騒がしそうな雰囲気だ。

「……ライカ。西門の辺り、何かあったみたい。遠目でも騒然としてるのが分かる」

「そのようですね。ペンネ様、宿屋の女将に肉を渡してすぐ戻ってきます」




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