019 黒の魔核
「はいよ、ブロンズボアの肉だ」
一度宿屋『パルピー』に戻り休息を取った後に解体屋を訪ねた。クロームはそのまま宿で待機している。
空の彼方がうっすらと朱に染まり始めたばかりなので少し早いかと思ったが、頼んでいた分の準備は既に終わっていたらしく、最初に解体屋を訪れた時に会った男性に薄い木の紙に包まれた大きな肉の塊を渡された。
「ひんやりしてて気持ちいい……」
「ははっ、冷蔵保管室に入れてたからな」
聞けば解体した魔物肉を冷却し新鮮なまま保存できる大型の倉庫のようなもので、中には冷却の魔道具がいくつも取り付けられているのだそうだ。
当たり前だが魔物が絶命した瞬間から肉の鮮度は劣化は始まっている。解体して切り分けた肉も例外ではなく、何もしない状態ならどんどん鮮度が落ちていって腐ってしまう。冷蔵保管室では肉を冷却することである程度保存しておく期間を伸ばすことが可能になった。そのため街の肉の安定供給にも繋がっているらしい。
魔道具を取り入れた生活様式は何件か見てきたが肉の冷蔵保管室という、ペンネの持つ知識の中でも近代的な設備が出てきたことに少し安堵する。前の街ワーラにも冷蔵保管室があったのかもしれないが、ペンネが見る限りではそんな近代的な物はなかった気がする。なのでこの世界の一般的な食の文化レベルが少し不安だったのだ。
何はともあれ、ブロンズボアの新鮮な肉を手に入れることができた。宿屋『パルピー』の女主人には既に話を通しており、この肉を少し提供する代わりに調理場を借りる手はずになっている。大きめに切り分けて貰ったのはそのためだ。
「すまん、1つ聞きたいんだが」
今日はライカが好きな厚切りのステーキにしよう、野菜たっぷりの鍋も捨てがたいな、などと考えていると男性が声を掛けてきた。その顔はこちらの様子を伺うような、あるいは何かを見極めようとしているような、そんな印象を受けた。
「一応確認なんだが、このブロンズボアは北の森で狩ったんだよな?」
「はい、そうですが」
この解体屋にブロンズボアが運び込まれた時に門兵が男性に説明していたはずだ。ペンネが嘘をつく必要も、門兵が虚偽の報告をする理由もない。
その返答を聞いた男性は眉をひそめ「そうか……」と呟いた後に何かを考え込んでいる様子だった。あのボアはライカが仕留め、2人で運搬して持ち帰ったものだ。間違いなく北の森で狩った魔物である。
「どうかされたのですか?」
続きの言葉を発しない男性に、ライカが声をかける。少しだけ機嫌が悪そうな声に聞こえたのは、自分が狩った魔物を疑われているからか。あるいは肉という好物のご馳走を前にしてお預けを食らっているような状態だからか。
「あぁ、すまん」
男性は近くの机の上に置いてあった布の包みを手に取り、そこに包まれていたものを取り出す。
「こいつは今回解体したブロンズボアから取り出した魔核だ。ちょっと見てくれ」
中にあったのは親指1本分ほどの大きさの魔核。その魔核を受け取って観察してみると、今まで見てきたものとは様子が異なることにすぐに気付く。
「……色が黒い?」
ペンネが今まで見てきた魔核は半透明の
魔法鞄から手持ちの魔核を取り出して比較してみると色の違いがよく分かる。通常の物よりも色が濃い。濁っているとも表現でき、透明の度合いも悪くなっている。
後ろで控えていたライカが寄ってきたので魔核を渡すと、その原因はすぐ分かった。
「通常の魔核よりも魔力量が多いですね」
「そうなんだ。そいつは普通の魔核よりも魔力が多い」
男性は机にあった1冊の本をめくりながら、さらに続ける。
「そいつは少し色が薄いが〈黒の魔核〉で間違いないと思う。通常の魔核よりも魔力含有量が多いため扱いが難しく、生活用魔道具に使用されることはない。取り扱うことのできる魔法使いにとっては価値のある物らしいが……」
とあるページを開いた男性は本を机の上に置き、そしてある部分を指差す。
「問題はこの〈黒の魔核〉を持つ魔物の生息地でな。この魔核は『
机に置かれた本をのぞき込み指を差された文章を見ると確かにそのようなことが書いてある。
『
また『
メェ姉様に教わった内容を思い出し、そして気付いたことを口にする。
「つまりあのブロンズボアは黒土の国に生息していた個体で、それが国境からかなり離れた北の森にいたってこと?」
「そうなんだ。南の森のさらに南には黒土の国との国境があるから黒い魔核を持つ魔物が南の森へ迷い込むことはたまにある。だが北の森に現れたという話は聞いたことがない」
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