017 偽りの魔道具作戦と制限時間

「おい、こいつを乗せる担架を持ってこい!」

「でっか……」

「まだ生きてたりはしない、よな?」

 タンダルの北門の近くまで戻ってくると、持ち帰ってきたブロンズボアを見た門兵達が騒然とした。一見するとほぼ無傷のように見える魔物をこのまま逆さ吊りの状態で街に入れることはできないというので、門兵達が解体屋まで運び込んでくれるらしい。

「生きてると誤解されて騒動になるかもしれないから、ですよね?」

「まあそういうこった」

 指示を飛ばしていた1人の門兵が顎を撫でながら、横たわっているボアを感心したように呟いている。今の時間帯の北門の兵を仕切る兵長は彼らしい。

「しっかしまぁ、この大きさのブロンズボアをよく2人で枝に吊して持って帰ってこれたな」

「不思議な道具を持ってるんです。それで楽に持って帰ってこれました」

 そう言いながら腕を少し持ち上げて手に付けている装備品――今は篭手になっているそれを兵長に控えめに見せる。

「その歳でいい魔道具を持ってるな嬢ちゃん」

 兵長は感心したような顔でペンネの手に身に付けたそれを眺めてくる。


 嘘は言ってない。魔道具だと勝手に思い込んだのは兵長だ。

 この篭手は魔筆【夢描く筆ドローム】を使って魔法を掛けたただの革手袋だ。見た目を篭手に変える変化の魔法と持った物の重さをほとんど感じなくなる重量軽減の魔法を付与してある。

 わざわざ篭手の見た目にしたのは、この兵長のように何も知らない人が魔道具だと勘違いしてくれるからだ。

 ブロンズボアを街の入口まで、しかも女性2人で額に汗1つかかずに持って帰ってきたのだから、本人が言う“不思議な道具”である篭手は何かしらの効果が付与されている魔道具――そう考えるのが普通だ。革手袋のままではこうはいかない。

 その周囲の勝手な思い込みは、ペンネを『魔道具を持った冒険者のお嬢さん』と認識させるのに大いに役立つ。

 魔道具は魔法鞄と比較して一般的に広まっているアイテムである。

 運が良ければ、あるいは資金があれば。駆け出しの冒険者でも何かしらの魔道具を手に入れることができる。魔物のドロップ品やダンジョンのお宝。少々値は張るが魔道具専門店から購入することもできる。購入に関しては街の住人や商人でも行うことができる。見習い級のペンネが持っていても不審に思われる可能性は低いだろう。

 “偽りの魔道具作戦”と名付けたこの方法。何故このような手間なことをするのかというと、可能な限り人の注目を受けたくないからだ。

 より簡単により早く運び出す魔法は色々と思いつくが、街へ戻る際に目立ってしまう可能性が高い。道中ですれ違う冒険者や馬車という目もある。

 人目を避ける方法もあるが、今回のように街の周囲や街中ではどうしても人の視線が集まってしまう。魔力がないのに魔筆によって魔法を扱うことができるペンネは、できる限り人に注目されたくない。

 それならば、と思いついたのがこの方法だ。多少の注目は許容し魔道具という偽装迷彩カモフラージュを使い正面から堂々と行くほうが何も思われないのではと考えた。

 前回の街ワーラでは通用したこの“偽りの魔道具作戦”。はたして――。


 先程まで篭手に興味がありそうだった兵長も、今は目の前のブロンズボアに視線を戻している。先程まではこちらやライカを眺めていた他の門兵もブロンズボアを眺めている。

 今回も“偽りの魔道具作戦”はうまくいったようだ。



 大きな木の担架が運ばれてきたのでライカと2人で枝を持ち、ボアを担架の上に乗せる。

「ここからはこいつらが責任を持って解体屋まで運ぶから、嬢ちゃん達は後ろからついてきてくれ」

「本当にいいんですか?」

「森から帰ってきたばかりで疲れてるだろ、任せてくれ」

「分かりました、ありがとうございます」

「よし、運び出せ」

「「「せーのっ!」」」

 ボアを乗せた担架が若い門兵6人によってゆっくりと持ち上がる。

「うおっ!?」

「重っ!?」

「お前ら根性見せろよ、嬢ちゃん達は森からここまで運んだんだぞ」

「えっでもそれは魔道具があったからで」

「いいから進め!」

 兵長に促され前進を開始する門兵達。ゆっくりと進んでいく彼らに後方で見ている兵長から檄が飛んでいる。

(体育系だ)

 そんな様子を見ていると後方に控えていたライカが篭手を外した手で口を覆い耳元に顔を寄せてくる。

「(ペンネ様、篭手がそろそろ限界です)」

 はっとして身に付けている篭手を急いで確認すると、茶色の篭手の肘に近い箇所から指1本分ほどの長さの亀裂が入った。「ピシッ」と小さい音が響く。

 すぐに顔を上げ周囲を見ると兵長や他の門兵達はこちらを見ていない。当然移送隊はこちらの事を気にする余裕もなさそうな足取りだ。音に気付いた者はいない。

 誰も見ていないことを確認して篭手を外し、ライカが付けていた篭手を受け取ると怪しまれないようにゆっくりとライカの後ろへ移動して隠れる。

 両手にかかえた篭手は次第にうっすらと淡い光を放ち出し、小さな光の粒となり溶けるように消えていった。偽りの魔道具の篭手はペンネの腕の中から跡形もなく消えた。


 今回篭手に変化させたのは何の変哲もないただの革手袋である。それを魔筆によって魔法を付与し強引に魔道具に仕立て上げていた。

 こうして生み出した偽の魔道具には《制限時間》がある。その時間は付与する物体や魔法の効力などによって異なるが、共通しているのは最後にはなくなってしまうということだ。いわば使い捨ての魔道具だ。


「お疲れ様」

 そう小さくつぶやくとライカの横に立ち、終わったことを目で告げる。

 門兵長に軽く頭を下げて礼を言い、冒険者カードを石板に掲げ入場の手続きを行い2人と1匹で移送隊の後を追った。

 

 






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