013 優しい黒猫

 装備の確認を終わらせて片付けを済ませ、少し進んだ所にある森へ入る。

 タンダルの北西に位置するこの森は出没する魔物の危険度が低いらしく、見習い級や銅級の冒険者が腕を上げるのに最適とされている場所だそうだ。

 そのため今回は魔法による探索に頼らずに森へ入る。


緑草みどりぐさは……これぐらいでいいかな?」

 森の浅い地点で採取を行い集めた緑色の薬草、通称「緑草みどりぐさ」の山を見て呟く。

 薬やポーションの材料となる薬草にはいくつか種類があり、緑草はもっとも手に入れやすい薬草だ。

 どこでも簡単に見つけることができ価格も低い薬草であるが、手に入れやすさ故に消費量も多いためどこの冒険者ギルドでも常に採取依頼が出ていると聞いた。

 だが流石に魔物の出る森で緑草を採取する冒険者は少ないのか、至る所に生えていたためすぐに依頼で指定された以上の数を集めることができた。多めに集めて提出すればその分だけ報酬が上乗せされる。

「お疲れ様です。付近に魔物の気配はないですが、少し休憩されますか?」

「ううん、このまま5本ずつに分けて束ねてから休憩するよ。そのまま警戒をお願い」

「了解しました」

 周囲の警戒をライカに任せ、緑草の根に付いた土を軽く払いつつ5本ずつの束を作っていき、できた束は崩れないように縄で縛る。何度か行ったことのある慣れた作業なのでどんどん緑草の束が出来上がる。

「律儀に作業するのねぇ……あんたが魔法を使えば手作業でこんなことしなくてもあっという間にできるでしょうに」

 ライカの肩に乗るクロームが呟く。

 確かに魔筆【夢描く筆ドローム】を使えば、採取から土落とし、同数分け作業やそれをまとめる作業までもを全て行うことができる。

「簡単にできる作業は自分で行うようにしてるからね。こんなことまでに魔力を使ってたらすぐに魔核が尽きちゃいそうだし。……それに」

「それに?」

「一度採取を魔法で行った時に、魔法の効力が強すぎて周囲の緑草が全部集まったことがあってね……」

「えぇ……」

「緑草の山に埋もれたペンネ様を救出するのは大変でした」

 当時の光景を思い出したのか、ライカは困惑と苦笑が入り交じったような声をしている。

「あの時は焦った……『死因:薬草に埋もれて窒息死』になるところだったよ」

 心の中で、親指を立てて緑草の山に沈んでいく自分の姿を想像して失笑する。

 当時はまだ魔筆の制御がうまくできなかったため、強すぎたイメージがそのまま発現してしまった。ちなみにそのイメージとは『周辺に存在する緑草が自分の足元に瞬時に集まる』というものだった。結果的に自分の足元に集まった緑草は山になるほど積み重なり、文字通り根こそぎ集めてしまったため緑草は周辺に1本も残らない悲惨な状態になった。

 今はそのような失敗は起こることはないが、依頼で必要になる程度の数なら手作業でも十分だ。それに根こそぎ取ってしまうと他の冒険者が困ってしまうかもしれない。

 最後の束を纏め終え立ち上がる。しゃがみ作業で固くなった体を解すため背中を後ろに逸らしているとライカの肩の上に乗るクロームが視界に移る。彼女はこちらから顔を逸らしてぷるぷると震えている。

「緑草に埋もれ、くっ……あははッ」

 どうやら笑いのツボにはまったらしい。



「そういえばクローム、今日はいつもと少し様子が違いますが大丈夫ですか?」

 クロームが落ち着いたのを見計らってライカが口を開いた。

 そのような素振りは見られなかったので気になってクロームを見ると、本獣も驚いたのかいつもより目が見開いている。

「どうして?」

「移動中、ほとんど自分で歩いていないので。街中や街道を移動ならまだしも人気ひとけのない森に入ってからも自分で歩いていないでしょう?」

「えっ、クローム体調悪いの?」

「……違うわよ」

 クロームがばつが悪そうに続ける。

「南の森に1匹、影を残してるのよ。半分あっちに意識を割いてるからただ楽をしてるだけ」

 影とは、昨日南の森でクロームが放った『影猫シャドウ・キャット』のことだろう。シィルフィと別れ森を出る前に5体全てが主の影に帰還したと思っていたが、1体森へ残していたらしい。

「昨日からそのまま?魔力は大丈夫なの?」

「走り回ったり戦わなければ問題はないわ」

「何か気になることがあるのですか?」

「そうね……昨日も言った魔物の偏りについてよ。夜になって活動が活発になった魔物がいるのだけれど、こいつらも森の西側に行こうとしなかった」

「ん~?森の西側に何かあるのかな?」

「さぁね、そこまでは分からない。ちなみにあの子――シィルフィの気配は途中で分からなくなったわ」

「分からなくなった?」

 クロームを見ると眉をひそめてこちらを見ている。

「……誰だって隠したいことの1つや2つはあるものでしょ。この件に関しては本人が話さない限りは憶測するべきではないわ。ましてや、昨日知り合ったばかりのあたし達は。ね」

 そう話す声は、普段の高慢で少し辛辣なクロームには見られない優しい声色をしている。

「……」

「なによ?」

「いつも思ってるけど……クロームって口調はあれだけど案外優しいよね」

「ハァ?」

 発言が不服だったのか、本獣がキッとにらみつけてくる。ただその小さな黒い尻尾は僅かに左右に揺れている。

 クロームが彼女に対しての追求を止めようと誘導しているのはきっと優しさからだ。何かに気付いてシィルフィのためにそれを隠そうとしている。

 ただシィルフィと昨日知り合ったばかりのはずのクロームが彼女のために何かを隠そうとしているということ自体で大方の予想が付いてしまう。しかしこの件に関してはクロームの言う通りこれ以上考えないことにする。

 それよりも気になることが1つある。

「そういえば。クロームってシィルフィちゃんにえらく懐いてたよね」

 昨日はシィルフィと別れるまでずっと彼女に抱かれていた。人間があまり好きではないはずのクロームが、である。先程の件といい何か感じるものがあったのか、はたして。

「あ、あんたが初対面なのにいきなりあれこれ質問してあの子を困惑させたのがいけないのよ。仕方ないからあたしが甘えて和ませてあげた、実際それでその後はぎくしゃくせずにいられたんだから問題ないでしょ。仕方なく、よ」

 すごい早口で反論された。

「じゃあシィルフィちゃんの事、嫌い?」

「……そういうわけではないけど」

「ペンネ様、その辺りで。クロームがまた口を利いてくれなくなります」

 肩に乗るクロームの額をライカがそっと撫でる。

「まあ確かに不思議な雰囲気をお持ちのお方ではありましたね。なんとなく、そう感じるだけなのですが」

 ペンネは特段何も感じることはなかったのだが、この2人は何か感じるものがあったらしい。

「まあそれにしてもあの時のクロームの様子はいつもと違いすぎておかしかったですけどね」

「あんた、庇うのか貶すのかどっちかにしなさいよ…!」






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