011 回想「森の魔女様の娘」

【side:シィルフィ】


『あー、大した魔法は使えないけどね?これでも一応魔法使いやってます』

 薄茶色の髪を揺らめかせ魔法使いを自称した女の子、ペンネ。

 自信ありげに胸を張った歳の近そうな少女の言葉を思い返し、ベッドに体を預け軽く息を吐く。

 

 母の墓前にいた謎の2人組と1匹。

『森の魔女様』である母エアリアルの遺産目当てで森を訪れた冒険者崩れか盗賊かと身構えた。ただ、話をしていく内に彼女達はただ人捜しをしているだけの普通の冒険者であることが判明した。

(燃えるような紅い髪の魔法使い……か)

 彼女達は森の魔女様がその捜し人ではないのかと確認してきたが、残念ながら母は少し緑がかった黒髪だったし街でもそのような魔法使いは見たことはない。

〈森の魔女様の薬〉に関しても何か心当たりがあったらしいが、あの薬のレシピについてはそう簡単に喋ることはできない。

 大切な収入源の1つというのもあるが、まだ元気だった頃の母に作り方を教わっていた時に「これは秘伝のレシピだから2人だけの秘密ね?」とよく言われていたからだ。

 何度も教わったため今では母が遺した本の薬のレシピが書かれたページを見ずとも完璧に作ることができる。お陰で母の時と変わらず売れているようで卸している道具屋の店主には喜ばれている。


(生活していくためというのもあるけれど……誰かの笑顔のために薬を作り魔法で皆を助ける、お母さんはそんな魔法使いでありたいと思う。シィルにも、将来そんな魔法使いになってほしいな)

 いつだったか、薬の作り方を教わっている時に母にそんなことを言われたことを思い出す。思い出したのはあの自称魔法使いの少女、ペンネが同じようなことを言っていたからだ。

 母は私欲のために魔法を使わない人だった。薬を街に卸す他にも街道の整備やこの南の森の調査、街の周囲の治水工事の手助けなど。シィルフィが生まれる前には強大な猪の魔物をこの森で討伐したとも聞いた。街のために尽力する母は自然と『森の魔女様』と呼ばれるようになり一種の守り神のような扱いを受けた。そんな母はシィルフィにとって自慢の母でありこうなりたいと思う目標でもある。

 母の死後、母が街のために行っていたことを引き継いで行うようになった。

 街で壁や道路の修復の依頼をこなせば皆が喜んでくれる。

 森で魔物の討伐や薬草採取の依頼をこなしてギルドへ行けば受付のお姉さんや解体のおじさんが温かく迎えてくれる。

(お母様……私、お母様と同じように皆を笑顔にできているのでしょうか?)

(……お母様)

 母が亡くなって暫く経つが、ここまで母のことを考えた夜は久々な気がする。

 1人で過ごす夜にはもう慣れたつもりだったが、視界の端から徐々に世界が歪みだしていく。



 色々と考えていると徐々に瞼が重くなってきた。

 日は既に暮れ窓の外は暗闇に包まれている。夕飯を取り身も清め、今日やることは後は就寝を残すのみだが、もう少しだけ起きていたい気分だったため今日出会った不思議な冒険者達のことを思い出す。

 小さい黒猫のクローム。短いながらもふわふわなその毛は撫でていて大変気持ちがよかった。初対面にも関わらず抱きかかえても大人しかったので、ある程度は気を許してくれたのだろうか。

 黄色の長髪のお姉さん、ライカ。最初は怖そうな人だと思ったけれど、シィルフィがそうしていたように彼女もまたこちらを警戒をしていただけで、その口調とペンネに向ける視線を見る限り優しい性格なのだと思う。ただその身から発する魔力を見る限りは実力は高そうだ。

 そして自称魔法使い、薄茶の髪の少女ペンネ。魔法使いを名乗る割には魔力を感じなかった。あり得ない話だが、魔力を持っていないのかと錯覚するほどだった。

 ただあの不思議なアイテム、神秘的な筆のようなもので魔核に何かを書き込んでいる時だけは魔力を感じた。

 そういえばあの時に花の種を埋めていたっけ。魔核を使った魔法はどこか幻想的な風景だった。『明日になったら綺麗に咲いてると思う』と言っていたから、きっと種の生長を促進させる魔法なのだろう。

 そういえば魔核に何かを書きこんでいたが、なんて書かれているかはまったく分からなかった。またあうことががあればこうがくのためきいてみてもいいかもしれない。

 また、あえるといいな。



 瞼を閉じた少女は、緑掛かった黒の長髪の魔法使いと遠い街へ出かける夢を見た。





 翌朝。

 

 

 

 身支度を終えたシィルフィは家を出て母の墓がある丘に向かう。いつもの通り道を使い薄暗い森を抜けて緑の絨毯が敷かれた丘を進めば母の墓へたどり着く。毎朝の日課だ。

(昨日のお花の種はもう咲いてるかな)

 ペンネの花を咲かせる魔法を成果を少しだけ楽しみ にしていたので自然と歩く速度があがる。出口はもうすぐだ。。


 薄暗い森を抜ける。そしてい絨毯が敷かれた丘を進めば、母の墓へ――。


 ……? 

 

「……えっ」

 

 

 花は咲いていた。母の墓石から数歩離れた場所に埋められた種が芽吹き、白くて小さい花が確かに咲いていた。

 ただシィルフィの想定をはるかに超えていたことが1つ。

 

 

 白い花がれていた。

 緑の草の絨毯で覆われていた丘は、昨日まで確かにあったはずのその緑はたった一晩で絵の具で塗りつぶしたかのように白くなっていた。墓標の周囲を除いた地面、その全てが白く、咲き乱れた花によって塗りつぶされていた。

 

 

 

 

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