010 夢描く筆

 ペンネの手の中には2つ、あるものが握られている。

 1つは魔核。半透明な葡萄茶ワインレッド色のそれは魔物の体内にある魔力を秘めた石のようなもので、強力な魔物ほど大きな魔核を有している。今手の中にある魔核はペンネの親指の半分ほどの大きさで、これはワーラの街の周辺で討伐した小型の魔物の魔核だ。

 魔核は主に魔法の力を持つアイテムを作製する際に使われる。今朝市場で見たミルク缶を冷却する魔道具も魔核を使用した魔法のアイテムの1つだ。ノルーサの民の生活水準を一段階も二段階も上げたと言われる魔道具は今やなくてはならない技術となっており、それに伴い魔核も市場で取引されるため冒険者の収入源の1つになっている。今ペンネが持っている魔核は小さいためこれ1つでは大した額にはならないが大きな物ほど、そして貴重な物ほど高値で売買されるそうだ。


 そしてペンネの手の中にあるもう1つのアイテム

 純白の胴軸はシルクのようになめらかな光沢を放っており、尻軸には桃色に煌めく輝石が、尻軸から胴軸の中程までにかけて環状の桃の輝石が等間隔で10個あしらわれている。

 首軸とペン先の間にも同じく桃の輝石が施されており黄金の金具がペン先と輝石、そして純白の胴軸を繋ぎ合わせている。

 シィルフィがこのアイテムを筆と称することに躊躇ためらいがあった理由は恐らくそのペン先にあり、そこには動物の毛でも鋼製のペン先でもなく――加工された水晶が取り付けられていた。

 花のつぼみのような丸みを帯びた形をした淡い水色の小さな水晶。首軸から先端にかけて施された溝が蒼い線模様を浮き出している。筆を少し動かせば、日の光を受けた蒼い線模様が幻想的な輝きを生み出す。

 その筆の姿はまるで、道を究めた職人が生み出した至高の品。

 あるいは麗しき女神が手にするような妖美な秘宝。

 それは無論ただの筆ではない。ペンネが魔女アルトアートに与えられた、有り得ざる奇跡を作り出す魔法の筆。ペンネが持つ魔法のアイテムの1つ、魔筆【夢描く筆ドローム】だ。



 右手で魔筆【夢描く筆ドローム】を持ち、左手に握った魔核にスラスラと文字を書き込む。

 水色の水晶のペン先、その先端は淡い桃の光が灯っている。これは内部に蓄えられた魔力で、その魔力をインクとして使用している。

 魔力のインクを使えばあらゆる場所になめらかに書くことができる。

 魔女様曰く、魔力のインクで引かれた線を対象に移し込むことで実際に書き込まれたかのように線を引くができる仕組みなようで、魔核には一切傷を付けていない。

 地面や水面といった本来は文字を書くことに適さない箇所にも筆を走らせることが可能だ。

 「……よし」

 ペンネの頭に浮かぶイメージを文字として書き込んだ魔核を2本の指で持ち確認する。一方の面には《咲》、反対の面には《乱》と文字が書かれた魔核が日の光を反射して煌めく。

 魔筆を鞄に戻し、文字が書かれた魔核を不思議そうに眺めているシィルフィに話しかける。

「見ててね」

 穴の上で魔核を両掌りょうてで包み込む。再度イメージを込めるように力を込めて手を緩め開けば、黄色い光の粒がひらひらと降り注ぐ。細かい魔力粒となった魔核がはらはらと揺らめいて落ち、やがて花の種にたどり着く。魔力粒は種に吸収されるように溶けていき魔力を吸収した種が1つ、また1つとうっすらと光を帯びていった。


 種に魔力が行き渡ったのを確認して種に軽く土を被せて立ち上がる。

「今のは……?」

「花を咲かせる魔法だよ。明日になったら綺麗に咲いてると思うから楽しみにしててね」

「はい。……いえ、そうではなくて」

「あの筆のこと?……秘密!」

 続けて立ち上がったシィルフィに向かって人差し指を唇に近づけて微笑む。

「魔法使いは自分の秘密を他人に公にバラしちゃいけないんだよ。私の魔女様がそう言ってた」

「そう頭では理解しているのにどうして人前で筆の力を使われるのですか……」

 ライカの声は先程と同じく少し諦めたような声色だ。

「私の魔法は誰かの笑顔のためにある物だからいいの。それに、ここは街の外だよね?」

 街中で筆を取り出さないように、と注意されたがここは街の外だ。

 問題ないよね、と悪戯っぽく微笑めばライカが困り顔で「……そうですね」とため息交じりに呟いた。

「誰かの笑顔のため、ですか……」

 クロームを抱くシィルフィが種を埋めた場所を見て独り言のように囁く。

「そ。シィルフィちゃんもきっと自然に笑顔になっちゃうはずだよ」







 

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