009 森の魔女様の娘

 黒髪の少女がじっとこちらを見ている。その顔からは困惑と不安の色が見て取れる。少女からしてみれば母の墓標の前に見ず知らずの人間がいるという状況なので不審がるのも無理もない。

 敵意や害意がないことを示すため軽く頭を下げる。お互いに会釈を交わし、こちらが動かないのを見て少女がゆっくりと歩み寄ってくる。杖を握る手にはじんわりと力が込められている。

「こんにちは。お邪魔してます」

「こんにちは。……あの、どなたでしょうか?」

「私はペンネ、冒険者です。それと仲間のライカとクロームです」

 ライカが一礼し、足下にいるクロームがじっと少女を見つめる。

「シィルフィ・アネモスリーフです」

 黒髪の少女――シィルフィが丁寧にお辞儀をする。その佇まいからどこか品のある雰囲気を感じる。

「……お母様に何かご用でしょうか?」

 頭を上げたシィルフィがじっとこちらを見る。

「特に用という訳ではないんだけど……街で『森の魔女様』の話を聴いて同じ魔法使いとして感心して、こうして祈りを捧げにきたところです」

 魔女様や貴方に興味があったから、と初対面の人に言われてもさらに警戒させてしまうだけなので言葉を選びつつ慎重に話す。

「『同じ魔法使い』……ですか?」

「あー、大した魔法は使えないけどね?これでも一応魔法使いやってます」

 わざとらしく胸を張ってみせる。シィルフィは「そうなんですね」と言うがその目を見る限り信じられてはいないようだ。

 疑われるのも無理はない。杖を持つ本職の魔法使い(推定)のシィルフィからしてみれば自称魔法使いの杖も魔力も持たないペンネを見て「なんだこいつは」と思うのが自然だ。まあそれに関しては後で追々見せるとして。

「ところでシィルフィちゃん、いきなりだけどちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

「……なんでしょうか?」

「私、ある人を探してるの。その人も魔法使いなんだけど……燃えるような紅い髪の女の魔法使い、知らない?」

「街で魔法使いの冒険者は時々見かけますけど、うーん……」

「ちなみにお母さんの髪の色は?」

「……少し緑がかった黒色です」

 シィルフィが少しむっとした声で答える。

「そっか。……それともう1つ」

 そう言いながら魔法鞄の中から瓶を取り出す。瓶の中の緑の液体がちゃぷんと揺れ、太陽の光を浴びて鮮やかに輝く。〈森の魔女様の薬〉だ。

「街の道具屋で買ったんだけど、これってシィルフィちゃんが作った薬だよね?」

「はい、そうです」

「この薬の作り方――レシピは誰かに習ったもの?」

「……お母様です。お母様から教わりました」

「まぁそうだよねぇ。……ありがとう、ごめんねいきなり質問なんかして」

「いえ……見つかるといいですね、その探している魔法使い」

 ここには魔女様『アルトアート』の手がかりはない。それがはっきりと分かっただけで成果はあった。

 折角なのでシィルフィと仲良くなろうと目の前の未だ警戒の解けぬ少女の足下に、先程までペンネの近くにいた黒猫クロームが移動していたことに気付いた。

 わぁっ、と可愛らしい声をあげたシィルフィがその場へしゃがみ込む。クロームはそのままシィルフィへ近づいていき鼻をしきりに動かしている。

「あ、あの……!触ってもいいでしょうか?」

「クロームがいいなら構わないけど……ってあれ」

 ペンネが言い終わる前にクロームは少女の手に顔を擦りつけている。どうやらお触りの許可は出たようで、シィルフィが恐る恐る撫でる。

「あの人間嫌いのクロームが…珍しいですね」

 側にそっと近づいてきたライカが小声で話してきたのでこちらも小さな声で返事をする。

 クロームが初対面の人間のここまで気を許すのは初めて見る。宿屋『パルピー』の女主人に少しだけ撫でられた時は渋々といった感じだったが、今回は自ら撫でられにいっていた。

 何か感じるものがあったのか、あるいはこの状況を見てシィルフィの警戒心を解くために動いたのか。どちらにせよシィルフィはご満悦といった様子なのでペンネとしてはありがたかった。カワイイは偉大である。




 少女と猫が戯れている間に薬を魔法鞄に入れ、代わりに掌に軽く収まるほどの大きさの布の巾着袋を取り出す。タンダルの街を出発する前に買った花の種だ。

「シィルフィちゃん、魔女様にお花をお供えしたいんだけどいいかな?」

「はい、いいですけど……それは?」

 撫でる手を止め顔を上げたシィルフィがこちらを見ながら尋ねる。

「お花の種だよ」

 袋を摘まみ軽く揺らしてみせた後、後ろへ振り返りよさそうな場所を探す。

 丘の上は墓標の周囲を除き一面草の絨毯のようになっている。墓標から数歩離れた場所へしゃがみ、鞄から出した土掘りナイフで地面を掘ればふかふかの土が現れた。これなら問題なさそうだ。

 適度に掘り終え、巾着袋の細いロープを解き口を開けば中から黒い色の小さな粒が顔を覗かせる。その花の種を今掘った穴へ全てばらまく。

「あっ……」

 いつの間にか隣に来ていたシィルフィが穴に撒かれた種を見る。しゃがんだ彼女の腕の中にはクロームが嫌がることもなく抱かれている。

「心配しなくても大丈夫だよっ」

 そう言ってライカを見れば、何かを察し諦めた様子で軽くため息をつくので微笑んでおく。

 そして三度みたび魔法鞄に手を入れて、目当ての物を取り出す。その手の中にある物を見てシィルフィが首をかしげた。

「魔核と……筆?」






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