007 『魔女様』と『森の魔女様』

「森の魔女様の娘さんに会ってみたい?……ん~、それは厳しいかもな。森のどこかに住んでるらしいんだが、実際どこに住んでるのか誰も知らないんだ」

「たまに買い物に来たりこの薬を卸しに来たりで街に顔を出すことはあるが、昨日来たばっかりだし次はいつ街に来ることか」

「……いや、あそこなら会えるかもな。毎日会いに行ってるって前に言ってたっけ」






 道具屋を後にして別の店で必要な物を買い、宿屋『パルピー』に戻る。先に宿屋に1匹戻りベッドでくつろいでいたクロームに声を掛け、ライカとクロームと共に西門を通り街の外へ出る。

 それは冒険者ギルドの依頼をこなすためではなく、ペンネのただの好奇心――『森の魔女様』とその娘に興味が湧き、確認したいことがあったからだ。



「十数年前にタンダルを救った『森の魔女様』と私を拾ってくれた『魔女様』は別人だと思うけどね」

 西門を出て南下し森を目指し歩く。森へは馬車1台が通れる程度の幅の道があり、これは森の魔女様が魔法で少しずつ整備したものだそうだ。今では冒険者が魔物の討伐や採取の依頼に南の森へ向かう際に使われている。魔女様の娘もこの道を通って街へ来るそうだ。

「はい、私もそう思います」

 先行するライカが周囲を警戒しながら口を開く。道の外は膝の下ほどの高さの草原が広がっており、青々とした緑の絨毯は優しい風に揺られて穏やかになびいている。

 先程まで真上にいた太陽は少しだけその位置をずらしているが、その輝きが朱に染まるまでにはまだ時間が掛かりそうだ。

「森の魔女様とその娘さんは南の森で暮らしててたまに2人で街に来てたって話だから、間違いなく別人だよね。もし私達の魔女様だったとしたら多分その子を連れて帰ってくるだろうし」

「そうですね……ですが、あのお方が森に戻られなくなってもうすぐ5年になります」

「うん、だからこれは確認作業。“私達の魔女様と森の魔女様は別人”ってことを確認しに向かうだけ」

 赤子のペンネを拾った魔女様はある日を境に森へ戻ってこなくなった。元々それなりに森と外界を行き来していた魔女様ではあったが数ヶ月単位で帰って来ないことはなかった。それが年単位ともなればさすがに安否の心配をせざるを得ない。

「まぁ、あの魔女様が簡単に死ぬとは思えないけどね。病気や怪我だとしても自分である程度治せるだろうし……」

「“ドラゴンを殴って改心させた”と豪語してたお方ですからね……魔物にやられたとは考えられません。どこかで生きていると信じてます」

 そうだね、と返事をして抱きかかえるクロームの頭をそっと撫でる。本獣は魔女様と出会ったことがないためこの会話に興味が無さそうで、目を閉じたまま軽く欠伸をしたのち頭をペンネの腕にうずめた。

「それにしても……森の魔女様の娘さんって子、1人で森に住んでるってびっくりだね。やっぱり強いのかな?」

「魔物が出る森で暮らすにはそれなりの知識と経験が必要ですから、恐らくは」

「凄いよね。森で1人暮らしをしてる魔法使いの少女……かっこいい!」

「そうですね。しかし、住処すみかを誰も知らない、というのが少し引っかかります」

 ライカは前を向いたまま歩き口元に手を持って行き考え込むような仕草をとる。小川の穏やかなせせらぎが静寂の中に流れ、その上に架けられた木の橋がコツコツと音を響かせる。

 道具屋の店主の話によると、森に住んでいるのは確かなのだが具体的な場所を聞いても本人にはぐらかされて教えてもらえないらしい。ある冒険者が森で見かけてこっそりと追いかけたこともあるらしいが、しばらくすると見失ってしまうため住処の特定ができないそうだ。

「もしかして実は物凄い魔法使いだったりして」

「と、言うと?」

「尾行を撒くのに透明になれたり、住処も特別な呪文を唱えないと行けないような場所にあったりして。それこそ空間魔法の使い手だとか」

「……どうでしょうか?。熟練の魔法使いならばまだしも、ペンネ様と同年代の魔法使いが空間魔法をそれほどの高練度で使えるとは思えません」

「だよねぇ。そもそも各国がこぞってほしがる空間魔法が使える魔法使いの少女が魔法の薬を卸して生計を立ててるとはあんまり考えにくいか」

 そう言いながら魔法鞄の中の瓶を取り出す。先程道具屋で購入した〈森の魔女様の薬〉だ。瓶を少し揺らすと半透明の緑色の液体はちゃぷちゃぷと飛沫をあげる。

 気付けば木の橋はとっくに渡り終えており、いよいよ森が見えてきた。


「そういえば、ライカ気付いた?」

「その〈森の魔女様の薬〉のことですか?」

「うん。これ、森で住んでた時に魔女様が作ってくれた薬の味にすごく似てない?」

「はい、とても懐かしい味がしました。ただこちらはより飲みやすくしてあるようですが」

「飲みやすくて美味しかったよね。いや、薬が美味しいってのも変な話だけど」

 腕の中のクロームが顔を起こし、瓶の中で揺れる薬を不思議そうに見ている。緑の薬は太陽を浴び、時折鮮やかに光を反射させている。その輝きは、昨日見かけた少女の杖に取り付けられた石の薄緑色の煌めきと似ている。

「魔女様の作る薬と似た味がする薬とそれを作る魔女様の娘さん……気になる」

 西門で見かけた、大きな杖を持った黒髪の少女。彼女が森の魔女様の娘なのだろうか。

 色々確認したいことはあるけれど、初めて出会う同年代の同性の魔法使いはどんな子なのだろうか。そう考えながら昨日見た彼女の後ろ姿を思い浮かべた。



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