006 森の魔女様の薬

 冒険者ギルドを後にして街の観光を続ける。

 綺麗な円の形にそびえ立つ石壁に守られた街タンダルは中央広場を中心に東西北の方角へそれぞれ大通りが伸びており、その脇を固めるように大きな商店や飲食店、酒場や武器屋などが軒を連ねる。大通りの先には街の出入り口である大きな門があり昨日ペンネ達が通った西門もその1つだ。その3つの通行門はそれぞれ街道と繋がっており、西門はワーラの街、東門は国境を超えた先の街、北門は次の目的地である街『バブルス』へと続く街道が延びている。街の南側の草原の先に大きな森林が3ヶ国の国境をまたぐように存在しており、その森から草原に魔物が出没することがあるため南門は存在しないそうだ。




 東地区の古着屋や武具屋などのお店巡りを一通り終え、中央広場へと戻ってくる。太陽はほぼ真上まで昇っており、先程冒険者ギルドを訪れた時よりも人が増えて広場は喧騒に包まれている。その喧騒の中から聞こえてくる音色に目をやれば、噴水の近くで吟遊詩人が歌っており子供が数人座って聞き入っている。タンダルを訪れた流浪の魔女が南の森から現れた魔物を魔法で倒し街を救った、という内容のお話のようだ。

 昔メェ姉様に色んなお話をよく聴かせてもらっていたね、などとライカと話をしていると良い匂いが漂ってきた。匂いのする方角へ向けば串焼きの屋台があり、香ばしい匂いを漂わせている。

「……ライカ、私串焼き食べたいんだけど一緒に食べる?」

「はいペンネ様。私もご一緒します」

 ライカに問いかけると屋台に釘付けになっていたライカの目が輝き出した。

「ライカはお肉が好きだもんね、朝食は少し物足りなかった?」

「いえ、そういうわけでは――」

 両掌りょうてをペンネに向けて軽く揺らし、少し頬を色づかせながらライカは否定の意志を示す。

 森での生活では、ライ爺がよく獣型の魔物を狩ってきたため料理が得意なメェ姉様の手によって調理された肉料理がよく食卓に並んだ。それを誰よりも好んで食べていたのはライカで、小さい頃に「野菜もしっかり食べなさい」とメェ姉様に注意されていたことを思い出して微笑する。それを訝しんだライカが少し首をかしげたため「何でもないよ」といい、ライカの手をとって屋台へ向かった。

 

 

 

 

 串焼きを食べ終え、近くの屋台で販売していたオレンジパールのジュースで口の中をすっきりさせたのち移動を開始する。西の大通りの気になった店を覗きながら歩いていると、ペンネ達の数軒先にある店から数名の男女が出てきた。手に持った何かを懐や鞄にいれた冒険者パーティーらしき一行はそのまま西門に向かって去って行く。

 気になったので冒険者達が出てきた店へ入ってみると、どうやら道具屋のようだ。小窓の光で照らされた少しだけ薄暗い店内にはロープやナイフ、外套、靴、薬草――冒険者向けの商品が陳列されており品揃えも悪くなさそうだ。

 男の店主と目が合ったので軽く会釈をしてライカと店内を見て回る。ゆっくりと見て回っていると、カウンターに張り出された紙が目に入った。


「森の魔女様の薬 あります 銀貨5枚より

     冒険者に人気の回復薬 

 肩こり・関節痛・眼の疲れにも効果あり」


「〈森の魔女様の薬〉……?」

 張り紙に書かれた文字を目で追った後に自然と声が出てしまう。

「お嬢ちゃん、それに興味あるかい?」

 囁いた程度でしかなかった声が聞こえたようでカウンターに座っていた店主が少し身を乗り出して尋ねてきた。魔女様という単語に興味が湧いたので会話を続ける。

「はい。えっと、お薬も気になったんですけど……森の魔女様というのは?」

「昔タンダルの街を救ってくださった魔女様のことさ。吟遊詩人が街で歌ってるのを聞いたことないか?」

 そういえばついさっき中央広場でそんな内容の歌を聞いた気がする。ふとライカを見ると、同じことを考えていたのか軽く頷く。

「あの話は十数年前に実際にあった話でな。強くてでかい猪の魔物が南の森からたびたび草原に現れるようになって、当時の街は騒然としたもんだ。討伐に出た冒険者が何人もやられて帰ってくるのをよく見た。俺はその時成人前のガキだったんだが、怪我人の手当てをよく手伝ったのを覚えてる」

 店主は当時を思い出し懐かしむかのように続ける。

「そんな時、どこからか流れ着いた魔女様が危険だとは知らず森に足を踏み入れていたんだ。……どうなってたと思う?」

「……魔物を倒していたんですか?」

「そうなんだよ。冒険者が刃が立たなかったデケェ魔物をたった1人で、しかも真正面から綺麗に一刀両断しちまってたんだ……!」

 店主は両手を使って左右に裂かれるジェスチャーして少し興奮気味に話す。

「街はもう連日お祭り騒ぎよ、しかもそんなに強い魔女様が『森に住みたい』だなんて言い出したから当時の領主様や街の人達が守り神のように扱い始めてなぁ」

「それで、森に住み始めたから『森の魔女様』なんですか?」

「そうなんだ。でも魔女様は領主様や街に対して驕ることなく、むしろさらに街に貢献してくれたんだ。この薬もその1つさ」

 そう言いながら店主は小さなコップを2つ取り出し、近くにあった瓶から何かを注ぎ手渡してくる。

「えっと、おいくらですか?」

「代金は取らんよ。まあ味見だと思って飲んでみてくれ」

 お礼を言い受け取ったコップの中には半透明の緑の液体、〈森の魔女様の薬〉が入っている。ライカと見合わせ、2人同時にその少量の液体を飲み干す。


 一般的な回復薬、所謂ポーションの類いは不味いことが多い。様々な薬草や球根などを数種類掛け合わせて作られるそれは、回復効率を優先して作られるため辛うじて飲める程度の味である。「良いポーションほど苦い」という言葉があるほどだ。

 しかし、いま口にしたポーションは違った。薬としての苦さはあるが、明らかに飲みやすい。苦みの後にほのかな甘みが残る。

「……こんなに飲みやすいとは」とライカも驚いている。

「この飲みやすさが評判でね、なのに回復効果は損なわれていない。さっきも冒険者が買っていったよ」

 先程ペンネが見た、店から出て行った一行のことだろうか。この味なら買いにくるのも納得だ。しかし、ペンネはこの味に何故か懐かしさを覚えた。

「……買います。瓶――あっ、あのガラス瓶も買うんであれに入れてくださいっ」

 魔法鞄から瓶を取り出そうとしたが、ライカの咳払いで朝の失態を思い出したため急遽瓶を買うことにする。警戒するに越したことはない。

「まいど!」と言いにっこり笑った店主は近くにあった同じ大きさのガラス瓶を取り出し、かめからガラス瓶へ杓で移していく。鮮やかな緑が、少しずつ瓶を満たしていく。

「この薬で持病がよくなった街の住人や、飲みやすいから戦闘中とっさに飲むときに助かったって冒険者が大勢いる。この薬だけじゃなくて他にも色々街に尽くしてくれた。……ほんといい人だったよ、森の魔女様は。」

 店主の声が次第に小さくなる。その声は誇らしさと同時にどこか悲しみを帯びているような音だった。

「……?」

 ライカが口を開く。些細な事にもすぐ気付くライカの聡明さはいつも頼りになる。

「……あぁ。1年ほど前に魔女様が若くして亡くなってしまってな。惜しい人を亡くした」

「そうなんですね……じゃあこの薬は?」

「これは魔女様の娘さんが作ってうちに置いてるんだ。ちょうど嬢ちゃんと同じぐらいの歳かな」

 

 

 

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